第2話 生命を掬う
「あ、あの!だ、大丈夫ですか?──は、反応が無い!!」
──な、何だろう。
意識が少し戻り、止まることのない雨の中に、風鈴の音が鳴るような明るくて優しい心配そうな声が微かに聞こえてくる。しかし、私の体はもう殆ど動けず、じっとしていると、声の主が近づいてしゃがみ込む音が聞こえた。すると、私の体に打ち付ける雨がおそらく声の主の傘によって遮られた。
「だ、大丈夫じゃなさそう、ですね!?こ、これ、良ければ……エネルギーゼリーですけど……飲めそうですか!?」
いや、全くそんな気力もない。ビニール袋の擦過音が聞こえて、声の主の人が私の顔の前にエネルギーゼリーを近付ける。
しかし、私が全然動かないでいると、「あっ。」と声を出して、物音が聞こえた後、再び私の顔の前に差し出して来たかと思えば、少し強引に私の口にゼリーのスパウトを入れ込み、中身のゼリーを押し出して、私の口へと注ぎ込む。
──うぐぁ。
数口分だけだったのにも関わらず、意識が少しはっきりしてくるような感覚がある。もう数口分強引に入れられ、それを飲み込んだところでようやく体を起こすことが出来るようになり、全身の力を振り絞って体を起こしたけど、しばらくまともな食事を摂っていないため、まだ体はフラついていたけど、それでも声の主を視認することは出来るほどになった。
目の前には、ピンク髪の制服姿の少女が横に何か入ったビニール袋置いて、心配そうな顔で私を見つめていた。
──神波高校の制服……。
「わ!!良かった!!だ、大丈夫ですか?」
「……大丈夫。ありがとう……。」
するとその少女は安堵の表情を浮かべ、ゆっくりと立ち上がり、私の前に手を差し出してくる。私は脱力した状態で差し出された手を取り、力を入れて立ち上がる。すっかり冷たくなってしまった私の手に少女の手の温かさが染み込む。
私が立ち上がるのとほぼ同時に少女は私の手を掴んだまま引っ張り、迷いの無い足取りで路地を進み始める。
「急にごめんなさい。ひとまず、体調はもしかしなくても良くないと思うので、私の家で少し休んだほうが良いです。」
私がどこへ行くのかを尋ねる前に、私の表情から察したのか、私の発言より先回りして話す。
私は腕を引っ張られフラフラと歩きながら、ぼんやりと街を見渡していた。上空には『人工の太陽』が浮かび、まるで自然の太陽のように、柔らかい光を降り注いでいる。その光に照らされた街は、整然とした住宅が並んでおり、少し寂しさを感じる。昼頃だろう。微かな人の歩く音と雨があちらこちらに降り注ぐ音だけがあった。
しばらく歩いていると、比較的新しく建てられたような、シンプルながら綺麗なアパートが見えてくる。そのアパートはそこそこの大きさだけど、この住宅街に何の違和感も無く聳え立っていた。
私と、今だ私の手を引っ張り続ける少女は、ゆっくりと、アパートの階段を登っていく。
アパートによくある金属製の階段で、やはり新しいのだろう。階段を登る度に聞こえそうな軋み音はいくら耳を澄ましても聞こえてこなかった。
ただ、空腹をエネルギーゼリーで誤魔化したとは言え、しばらくの絶食の状態にとって、十数段の階段でも登山の終盤程の苦しさがあった。
二階に辿り着いた後も少し廊下を歩き、ある扉の前で立ち止まり、少女が背負っていた鞄から鍵を取り出して慣れた手つきで開錠する。少女が玄関脇にあるスイッチを押すと見慣れた室内の電気が広がる。それでも私にとっては久しぶりの光景で、少し感動してしまった。
「私、さっき休んだほうが良いって言いましたけど、多分しばらく何も食べてないですよね?何か先に食べますか?」
そう言いながら、少女はキッチンの戸棚を漁り始めた。
突然、私の視界は朦朧とし、体がまたしてもフラつき始めた。
「だ、大丈夫で……っ!──!!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます