第2話姉

裂けた腹が痛いと感じた。

私にこんな強い敵をあてがう猩々様は何を考えているのだろうか。

今日の任務はとある政治家の暗殺だった。普通社会の人間は腹の黒いことをする。

だが想定以上にその政治家の護衛は強かった。

10個ほど上の男が持つ強さに痛いと感じた。


…一族の中で異能を唯一もてなかった私にはなおのこと。


どんな皮肉なのだろう。持たないほうが良いとされる異能を一族の中で唯一持てないということは。

姉たちは「お前だけは平凡に生きろ」と何度も言った。

だができなかった。1人になりたくなかった。だから私は…


苛立ちをぶつけるかのように振りかざした拳が相手にめり込む。


私は1人にならないために、一族の名を名乗るためにただただ物理的に強くなった。

異能を持った強き人間にはかなわない。言ってしまえばただ強いだけの一般人。

鍛錬を積み、猩々様に頼み込んで「桜」に入ることが許された身だ。

ここで負けるわけにはいかない。


そんなことわかっていながらも呼吸が荒くなるのを感じる。戦闘を始めてから早1時間が経つ。もう限界だろうか?


「大丈夫?」

後ろから聞きなれたような自分より少し低めの声がする。

組織から助けが来たのだろうか。

「未知…」



未知、私の姉の名だ。

姉といっても年の差はない。かと言って双子でもない。

予定より遅めに卯月に生まれた姉の未知と、予定よりはるか早めに弥生に産み落とされた私。

「姉さん」と呼ぶのも違う気がして「未知」と呼んでいる。

背は私より高く、真っ白の肌に大きな目、いわゆる美人だ。



未知の目が敵をとらえる。

その瞬間、空気が“凍った”気がした。

「逝け」

次の瞬間、敵は何の抵抗もなく崩れ落ちた。まるで、生きることを許されなかったように。



私にもあれぐらいの力があれば、と平凡とは矛盾した思いが胸を打つ。


未知の異能は目を合わせた相手に何でも言うことを聞かせてしまう能力。

超能力の中でもトップレベルの強さと珍しさを誇る。

それ故圧倒的に強い。黒くなっていた目が元の紫色の瞳に戻る。


「帰ろう、秘月」


そう言い私に肩を貸す未知が羨ましいような憐れむような何とも言えない感情になる。強き力にもまた憂いはあるだろう。


「ありがとう、未知」

血にまみれた建物からの去り際、力が入らない口でそう告げると未知の口が少し上がったように感じた。









「「おかえり」」

家の戸をくぐると2つの声が重なって聞こえる。

1つ目の声の持ち主は、私のもう1人の姉で長女の「明」の声だろう。

長く巻かれた髪と上背、そして黄色の大きな瞳をした彼女は父と母亡き私たち家族を立派に守り続けてくれている。とても明るい性格だ。名は体を表すとはこのことだろう。


2つ目の声の持ち主は次女「美妃」の声だろう。

可愛らしい女の子のような名だが実際は組織「桜」の中でも1番頭が切れる侮れない存在だ。まっすぐに下ろされた髪と暗めの青の瞳を持つ彼女もまた家族思いの良き姉だ。


私の家族は明、美妃、未知の3人でありもう長年姉妹としてやってきている。

明は二十歳、美妃は十八歳と少し私や未知と年が空くが中の良い姉妹だ。


「秘月、猩々様への報告は私が行くから休むんだよ」


未知の声に軽くうなずき明に体重をかける。正直立っているのもしんどい。

未知が猩々様へのご報告へ行ってくれるのは助かる。

それに私の見解だと未知は猩々様をお慕いしているのであろう。

そんなことを考えながら徐々に意識を手放した。

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異能喪失ー超能力の上手な捨て方ー なすび @70037

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