1.二等兵

「良くやったぞ新入りp r i v a t e。あの砲爆撃の中で、大尉を一人で担いで帰ってくるとは根性のある奴だ……大尉だけじゃない。何人もの下士将兵がお前に助けられたそうだな」

班長たる伍長が私の背中をバシバシ叩いて、“見敵必殺サーチ・アンド・デストロイ”と刻まれたアルミ製スキットルの中身を紙コップに注ぐ。


偉大なる救助者グレーテスト・レスキュー勲章と議会名誉勲章は間違い無しだな。もしかしたら特例で軍団功績メダルも貰えるかも」


「ありがとうございます。班長」


「この英雄の為に、大隊司令部より葡萄酒の箱が届いた!今日は皆たらふく呑め!プロソマ=ケリケラータ二等兵に乾杯!」


乾杯ッ!


野太い、男女の音頭が酒席の始まりを告げた。

皆がガバガバと酒を口に運び、缶詰と、物持ちがいい味気ない食い物達をスプーンで掻き出す。


「ぜんぶ貰えりゃ、生涯医療費無料に、月手取り15万の年金……お前の人生は国が保証してくれるって訳だ」

直属の上司たる班長は、カートンから煙草二本取り出し、一本は己の口に咥え、二本目はこの酒盛りの主役たる兵卒に手渡された。


「いただきます」


「ん」

坊主頭で、口元に裂けたような傷のある、いかにもな強面軍曹。

誰にも恐れられる男の中の男が、入隊して数ヶ月の若造の煙草に火をつけてやる。


ガヤガヤとした大塹壕の中で二つの煙が緩やかに立ち昇り、丸太で組まれた天井に消えていく。


「砲爆撃の至近弾ってのは哺乳類にとって案外有害でな」

煙草を指に挟み移した軍曹が先に喋った。


「身体を揺らす地震程の衝撃と、下手すりゃ一発で鼓膜をオシャカにする程の爆音、火薬の熱。……どれも人類が現代の戦争を作り上げるまでは存在しなかった。隕石と火山の噴火を除いてな」

葡萄酒の瓶を煽り、チーズと乾燥肉を食いちぎり、もちゃもちゃと咀嚼してまた口を開く。


「やっぱ煙草モクにゃ酒よな……だけどお前さんはそれを耐え切った。砲弾シェルショック症にもな。……いや耐え切ったばかりか、何人もの同志を後送した」


「民間人の中にゃ想像力の足りねェことを言う連中もいるが……軍に十何年いる俺が保証する。お前は男の中の男だ。だから、勲章を受けて銃後でのうのうと暮らす権利を持っていると思う。戦地を経験した誰もがそう思う。例え“英雄”に目立った傷が無かったとしてもな」


「悪い事は言わん……銃後に帰れ。これが最後のチャンスだ。まず間違いなく冬にならんうちに大規模攻勢があるはずだからな……」


「班長殿。私は何度言われても残りますよ……身寄りの無い俺を、ビョーキで、混ざり物ミクスチャーの俺を拾ってくれた軍隊に感謝してるんです」


「例え山ほど功績と勲章があっても、本当の私の居場所は銃後には無いんです。軍隊にしか私の生き方は無いんです」


悲しげな顔をした軍曹は、そうか、分かった。と呟いて肩を叩き、そして一人酒席から出ていった。

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塹壕の蜘蛛性愛 OH.KAIKON @Shiveriang

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