塹壕の蜘蛛性愛
OH.KAIKON
0.蜘蛛性愛
ヤンジャールという国は、インテリによる革命により生じた、赤道近くの亜熱帯に位置する貴族寡頭制国家である。
産まれた時から権力を握る彼らが跋扈する貴族議会は、法と国の舵取りを占領しており、国家改造と高度国防を謳った旗印のもと先鋭化した末、遂には予防のための侵略という一大事業にも手を染めてしまったわけである。
「そうか。分かったぞ?キミは
身体の7割ほどであろうか。泥が染み込んだ包帯にまみれている長身の女性は、霧と雨の、手足の指先が痛くなるほど凍てついている中、懸命に彼女に栄養剤の点滴やら痛み止めの戦時合法麻薬の注射を打ち込んだりしている彼は、ヘルメットと腕章がしるすように衛生兵であった。
といっても、高貴な出の将校たる彼女とは違い、たかが平民あがりの徴募新兵。枠の関係でねじ込まれて、基本的なことしか施されていないため、初歩的な事しか出来ないのだが。
「黙って下さい……!喋ると傷が開きます……!」
「つれないな。私は死に時に近いんだぜ。少しはいいじゃないか……」
「後送したら幾らでも聞いてやりますから!脚は動きます!?」
「無理だ。丸4日泥水しか啜ってないからな」
「分かりました。じゃおぶって後送しますから……!」
また、砲爆撃が再開された。敵から我々の塹壕に、面制圧の火力が腹いっぱい、音速でデリバリーされる。
「二等兵くん。止むまでお喋りしようか」
「ですからっ……」
「上官命令だ。キミは階級、部隊の勤続年数共に私に勝るものは何一つ無い。黙って私のわがままを聞きなさい……良いじゃないか!まるまる4日、眠れず、泥濘のなかただの一人きりだったんだ。奴らの毒牙と拷問におびえ、孤独と飢えと寒さに苦しんだ」
「キミにとっては私はただの患者で、よく聞く一わがままでしかないだろう。だがな?私にとって今キミは、神が遣わした天使にしか見えないんだ!キミの言葉一つ一つから差してる後光が眩しいぐらいだ。キミは私を、死地の沼から一転、救い出してくれた。いま私の腕と目が健在ならキミを今すぐ抱きしめてキスしたいぐらいなんだ」
「士官学校を優秀な成績で出ても全く見向きされない、腐れ純血主義が未だ
「……貴女が、あまりにも貴女自身を蔑んだ言い方をするんで。それがなんとも悲しくて。だから、『可愛いのに勿体ない』と言いました」
薬が効いたか言葉が効いたか。
彼女はがくりと首の力を抜いて、汚い色の雨雲を仰いだ。
彼女の眼窩から涙がとめどなく溢れて、泥へとぼとぼと落ちていく。
「嗚呼。嗚呼。私は幸せだ。もう、本当に、軍に志願してよかった……」
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