第4話 危険な森と生産者の機転

王都への旅が始まった。

アルティ村を出てすぐ、馬車は荒れた山道へと入っていく。

御者はベテランらしく、手綱さばきは見事なものだが、道そのものが酷かった。

馬車が激しく揺れるたび、私はひ弱な身体を支えるのに必死になる。

(うぅ、乗り物酔いしそう……)


フィオナが心配そうに声をかけてくれた。

彼女は、いつも優しくて、まるで姉のようだ。

ライオスは馬車の外で周囲を警戒し、シエラは鋭い目つきで道中を観察している。

御者のガンゼルさんは、何も言わず手綱を握り続ける。

その背中からは、この道を知り尽くしたベテランの風格が漂っていた。


「あ、はい、大丈夫です。ちょっと揺れがすごくて……」


そう答える私に、ライオスが振り返って声をかけた。

「この先は『囁きの森』だ。Bランクの魔物も出るから、気を引き締めてくれ」

彼の声には、僅かながら緊張が混じっていた。

Bランクの魔物。

それは、駆け出し冒険者には十分すぎる脅威だ。

ライオスたちのパーティは、以前Bランクの魔物に苦戦した経験がある。

「この森は、俺たちが以前、一度痛い目を見た場所だ。だからこそ、今回は慎重に行くぜ」

ライオスが、硬い表情で付け加えた。


『囁きの森』。

名前からしてヤバそうな雰囲気。

私はそっと窓の外を見る。

木々が密生し、太陽の光も届かない。

昼間なのに、まるで夜のように薄暗い。

湿った空気が、肌にまとわりつく。

どこからか、獣の鳴き声のようなものが聞こえてくる。


「ねえ、ライオスさん。もし魔物が出たら、私、役に立てるかな?」

思わず聞いてみた。

チート能力はあるけど、戦闘は無理だし。


「もちろんです!ミオさんの作ったあのパンがあれば、どんな魔物も倒せる気がします!」

ライオスは、屈託のない笑顔で答えた。

(いや、それ、パンの力じゃないから。食べたライオスさんの力が上がってるだけだから)

思わず心の中でツッコミを入れる。

でも、そうか。

私は戦えない代わりに、仲間を強くできるんだ。

そう思うと、少しだけ誇らしかった。


その時だった。

ガサガサ!

道の脇の茂みが、激しく揺れた。

「来たぞ!シャドウルーパーだ!」

ライオスの叫び声が響く。


漆黒の体毛に、真っ赤な目が光る狼のような魔物が、三匹。

獲物を見つけたかのように、低い唸り声を上げながら、馬車に襲いかかってきた。

「くっ……素早い!囲まれたか!」

ライオスが剣を構えるが、シャドウルーパーの動きは俊敏だ。

シエラが短剣を投擲するが、軽くいなされる。

フィオナが回復魔法を唱える準備に入るが、攻撃系の魔法は苦手だ。


「このままだと、まずい……」

私は、状況を冷静に分析した。

(シャドウルーパーは闇に紛れるのが得意な魔物。光に弱いって特性があったはず。あとは……)

頭の中で、囁きの森の素材リストが高速で展開されていく。

(発光苔、それから……魔力を含んだ特定の樹液を組み合わせれば、いける!)


「ミオさん、下がって!」

フィオナが、私の前に立つ。

彼女の手から、温かい光が漏れる。

(フィオナさん……ありがとう。でも、私にもできることがある!)


私は、馬車の隅に転がっていた、ただの発光苔の塊を手に取った。

集中する。

脳裏に、魔法陣と回路図が浮かび上がる。

魔力を流し込み、複雑な構造を組み上げていく。

(光を増幅させ、特定の魔力波で魔物を怯ませる。そして、この森にしかない特殊な樹液を混ぜれば、より効果が持続するはず!)

わずか数秒。

手のひらに、小さな球体が完成した。

表面には、眩しいほどの光が瞬いている。


「ライオスさん、シエラさん!これを使って!名前は『閃光玉ライトスプラッシュ』!」


私が球体を投げると、ライオスが咄嗟に受け取った。

「これは…何だ!?」


次の瞬間、私の体に猛烈な睡魔が押し寄せた。

(や、やばい……ちょっと無理しすぎた……)

視界が揺らぐ。

瞼が重い。

「ふぁ~あ……」


ライオスが持っていた球体から、眩い閃光が放たれた。

「グギャアアアア!」

シャドウルーパーが、けたたましい叫び声を上げて後退する。

光に弱い魔物たちは、混乱し、足元がおぼつかない。

「今だ!一気に仕留めるぞ!」

ライオスが剣を振るう。

シエラも迷わず駆け出し、魔物の隙を突いて次々と短剣を突き刺していく。


私は、その光景をぼんやりと見つめていた。

(よし……役に立てた……)

そう思った瞬間、意識は闇へと沈んだ。


「ミオさん!?」

フィオナの焦った声が聞こえる。

私はそのまま、馬車の座席にぐったりと倒れ込んだ。

「また寝てる……って、なんでこんな時に!?」

ライオスの呆れた声。

だが、その表情には、呆れだけでなく、ミオの能力への驚嘆と、無事を喜ぶ安堵が混じっていた。

「仕方ないわ。ミオさんの能力の代償よ。でも、おかげで助かったわね」

フィオナの声が、優しく響く。

(この子、ほんと守ってあげたい……)

フィオナは、すやすやと眠るミオの寝顔をそっと見つめる。

その寝顔は、ひどく幼くて、無垢だった。

「あの子、寝顔で魔物すら癒すらしいぞ」

遠くで、ガンゼルさんの冗談めいた声が聞こえた気がした。

ライオスもシエラも、ふとミオの寝顔に目を向ける。

「確かに可愛い寝顔だが……俺は起こすのに躊躇しなかったぜ?」

ライオスが、片目を閉じながらニヤリと笑った。

シエラは無言で、だが僅かに口元を緩めたように見えた。

(……寝ながらも、すごいもん作るんだな。いつか、寝言で設計図でも呟いてくれねぇかな)

その時、ミオの口元が、わずかに動いた気がした。

「……んぐ……きゅ、究極の……パン……」

寝言に、シエラが思わず吹き出した。


「しかし、こんなチートアイテム、見たことねぇぞ……まさか、これが『眠り姫の魔道具』ってやつか?」

シエラが、キラキラと光る魔力灯を見つめている。

倒れたシャドウルーパーの脇で、ライオスが牙を抜き取る。

「この牙、高値で売れるぞ!ミオさんの閃光玉のおかげだな!」

彼らの会話を遠くで聞きながら、私は深い眠りについた。

夢の中で、私は、最高品質のフカフカのベッドで、ぐっすり眠っていた。


---


次回予告


危険な森を乗り越え、いよいよ旅は本格化!

だけど、またもや新たな脅威が迫る!?

山賊の襲撃、絶体絶命のピンチに、私の究極の生産能力は発動するのか?

そして、眠気の代償は、私をどこまで追い詰めるのか!?

次回、チート生産? まさかの農奴スタート! でも私、寝落ちする系魔女なんですけど!?


第5話 盗賊の襲撃と緊急生産の代償


お楽しみに!

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