第2話 猫の恩返し

 美咲とルルが一緒に暮らすようになって一か月程。


 ルルは不思議な猫だった。頭が良い、知能が高いというレベルでは済ませられない程に、ルルは流暢に日本語をしゃべり、応対をする。


 飼い主である美咲は普通じゃないと理解しつつも、その生活を受け入れていた。


 ――まぁ、その小さな同居人の目が光り以前の様な怠惰な生活という訳にはいかなくなっていた。


「美咲。これは何?」


 日曜日。


 窓から柔らかい陽が差し込むアパートで事件は起こった。


 ルルがテーブルの上に座り、しっぽをバタバタとさせながら、彼は右前足で空のカップラーメンの容器をつつく。


「……昨日の、夜の奴……かな?」


 美咲はテーブルの前で子供が叱られる様に正座しながら答えた。


 子猫の眼差しに気圧されて、視線を逸らす。


「かな? じゃなくて、そのものでしょ。ちゃんと捨てなきゃダメっていつも言ってるよね?」


「いや、朝捨てれば良いかなって」


「もう十一時過ぎだよ」


「うっ……」


 ルルは尻尾をベシン、とテーブルに打ち付けた。


「あとさ、床にもレシートとか散らばってるのなんなのさ。今朝も足滑らせてたよね。危なっかしいんだけど」


「はいはい」


「はい、は一回で良いの」


「はーい」


 美咲の返事にもう一度、今度は更に強く尻尾をテーブルに打ち付ける。


「もう、そんなに怒んないでよ……怖いなー」


「僕は美咲の私生活の乱れの方が怖いよ……」


 ルルはテーブルから飛び降りて、キッチンに向かう。


 ゴソゴソと漁る音がして、ルルはゴミ袋を口に咥えて戻って来た。


「ホラ、手伝うから片付けるよ」





 狭いアパートでの一人暮らしだけあり、物自体は少ない。ゴミが散らかっているだけなので、一度始めてしまえば直ぐに片付ける事が出来た。


「いやー終わった終わった。やれば出来るもんだね!」


「なんかやり切った感じ出してるけど、ゴミは普通、その都度捨てるものだからね?」


「はい、すみません……」


 肩を落とす美咲は、時計を見ると十二時半になろうとしていた。


 お腹も程々に空いてきている。


「そろそろお昼にしようか。ルルはカリカリの奴で良い?」


「うん。アレ好き」


 ルルのゴハンを袋から出して、いつもの場所に置いてやると、カリカリと音を立てながら食べ始めた。


 さて、と美咲はキッチンに移動して、冷蔵庫を開ける。


「――どーしよ……」


 ルルに自炊をしろ、と言われ続けているので、昨日の内にスーパーで野菜やら肉やらを買い込んで材料はそれなりにあるのだが、何を作るかが問題だった。


 母は主婦として毎日、献立を考えていたがソレが凄い事なのだと最近になって身に染みている。


「冷蔵庫を開けっぱなしにしていると、中の温度が上がるよ」


 頭を悩ませていると、食べ終わったルルが足元までやって来た。


「――またお母さんみたいな事言ってる……」


「僕はオスだよ」


 ぴょんと美咲の肩に乗り、冷蔵庫の中を確認する。


「……これなら、オムライスで良いんじゃない。作った事くらいあるでしょ?」


「流石にソレ位なら楽勝だよ!」





「……楽勝、とは?」


 出来上がったギリギリ、オムライスとも言えなくも無いものを見てルルは小首を傾げた。


「中々の強敵だった……」


「お昼ご飯作ってたんだよね?」


「ルル、キッチンは戦場なんだよ」


「ちょっと何言ってるか僕には分かんないや」


「しょうがないよ、ルルは猫だもんね」


「美咲、お母さんの前でも同じこと言える?」


「言えないよ、割と本気で怒られるもん」


 言いながら美咲はテーブルに座り、食べ始めた。


「……ン。見た目はあれだけど、味は中々」


「そう。なら良かった」


 食が進む美咲に安心した様に、ルルは少し離れて毛繕いを始めた。


「次は肉じゃがでも作ってみれば?」


「えぇ……うまく出来た試しがないんだよなぁ……」


「そもそも試した回数が少ないんじゃない? 練習しないと上手になれないよ」


「そうだけどさ……」


 モグモグと食べ進めながら、くつろぐルルを見る。


「――ねぇ、ルル。なんでそんなに私の事、気に掛けてくれるの?」


「――」


 美咲の問いかけにルルは身体を起こして、彼女の身体に頭を擦りつけた。


「ルル?」


「心配だからだよ」


 ルルは猫らしく一しきり甘えてから美咲の傍に座り、彼女の顔を見上げた。


「初めてあった時。美咲、辛そうだった」


「え?」


 呆ける美咲にルルは続ける。


「僕もあの時は寒くて、お腹が空いて、寂しかった。他の人は僕の事なんて見てなかった。けど、美咲は僕を見つけてくれたんだ。――あの時から僕は幸せだよ」


 真っ直ぐに美咲の顔を見て、


「今度は僕が美咲を幸せにしたい。だから、僕は美咲に話かけたんだよ」


「そっか……」


 美咲はルルの頭を撫でるとゴロゴロと喉を鳴らした。


「だからお母さんみたいに小言を言うんだね」


「そうだよ。ほっといたらゴミ屋敷になっちゃうし、身体も悪くしちゃうから」


「あはは……面目ない」


 苦笑する美咲の手にルルは前足を添える。


「本当に美咲がしたい事が出来るように、まずは日常生活からの見直しだね。余裕が無いと何もできないから」


「……猫に面倒みられる飼い主って、もうダメな気がするなー」


 眉間にシワを寄せるが美咲はルルを抱き上げた。


 そういえば、ルルを拾うまでの日々は散々で、自分の夢すらも忘れていた。


 だが、最近はまた夢の為の勉強を始めている。


 その余裕が出て来たのはルルのお陰だった。


「でも、ありがとうね。私、頑張るよ」


「うん。僕のトイレの掃除も言う前にやってね」


「はいはい」


「はい、は一回だよ」


「はーい」


 言いながら、ルルは尻尾をくねらせた。


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社畜OLとしゃべる猫 頼瑠 ユウ @rairu_yuu

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