社畜OLとしゃべる猫
頼瑠 ユウ
第1話 しゃべる猫
「――最悪。もうホント、最悪……」
突然の夕立に、会社帰りの
今日の朝のテレビ占いでは『良い事があるよ!』と第一位だった。天気予報では一日、晴天の筈だった。
だが実際は、出社早々の上司の無茶振りに始まり、同僚から仕事を押し付けられ、後輩の失敗の尻拭いに追われていた。
ようやく家に帰れると思ったら、まぁまぁ強い雨。
最初から最後まで今日は散々だった。
だが、仕事が大変なのは今日だけでは無い。それなりに良い企業に新卒で入社して、満足していたが配属された部署は少々、癖が強かったのだ。
「――私、何がしたいんだっけ……?」
ぽつりと心の声が漏れると、道端で震えている黒い子猫に気が付いた。
「あれ……君、こんな所で一人なの?」
子猫は返事をする様に小さく鳴いた。怪我はしていないようだが、ずぶ濡れで酷く痩せている。
美咲がゆっくりと子猫に手を伸ばすと小さな舌で指先をペロペロと舐めた。
まるで慰められている様な気がして、美咲は小さく笑う。
「――うち、来る?」
それに答える様に子猫はまた小さく鳴いた。
◇
それから数日。子猫は『ルル』と名付けられ、美咲のアパートで暮らす様になった。
毎日疲れ果てて帰ってくる美咲を、ルルは玄関で出迎えるのが既に日常になっている。
「ただいま、ルル。今日も大変だったよー、上司がめんどくさくてさ……」
いつもの様に愚痴を言いながらスーツの上着とスカートを脱ぎ捨て、買って来たコンビニの袋をテーブルに置く。
ワイシャツとストッキング姿で胡坐をかくなど、二十歳を過ぎたばかりの女としては、自分でも如何なものかと思うのだが、『メンドクサイ』が勝ってしまう。
実家を出る際の母の懸念が現実のものになってしまった。
こんな姿を見られれば、小言を言われ続けるのだろうが、幸い見られているのは可愛い同居人だけ。
好きなだけダラけられ、愚痴を言える。
不満はあるが、存外に悪く無い生活だった。
「――なんて言ってたんだよ、どう思う?」
「だったらそんな会社辞めちゃえば?」
コンビニ弁当を摘まみながら一緒に買い込んだ缶ビールの蓋を開け、喉に流し込んでいると、そんな答えが返って来た。
「そりゃそうだけどさー。給料は悪く無いし、簡単には辞めれ――」
美咲も答え、唐揚げに箸を伸ばす途中で、ぴたりと動きを止めた。
「――え?」
思わず美咲はポカンと口を開く。
ルルが隣でこちらを見上げている。
「もしかして……ルル、今しゃべった?」
「うん。最初は黙ってようと思ったけど、見ていられなかったから」
「え、そんな……。猫がしゃべる訳ない……ありえないし。そうだ、飲み過ぎたんだ、酔ってるんだ私!」
「人間って信じたい事は直ぐに信じるのに、認めたくない事はなかなか信じないよね。そういうの『確証バイアス』っていうんでしょ?」
「え。なに、ルル。なんでそんな言葉知ってるの?」
「一昨日、昼のテレビでやってたんだ」
「お留守番の時にテレビ見てるんだ。理解出来るんだ」
「まぁ、しゃべれるからね」
「――――そうか。……そうなのかな? あれ、何か大事な事をスルーしてしまったような……?」
「それより、スーツとスカートを脱いでそのままにするのはいい加減やめなよ。汚れるしシワになるよ」
「え、あぁ、ごめんなさい」
ルルに指摘され、それらを拾ってハンガーにかけた。
「それに自炊もした方が良いよ。毎日コンビニ弁当とビールじゃ栄養も偏るし、太っちゃうよ。食費も節約できるし」
「あ、はい。すみません」
「あと、誰にも見せないからって下着の上下がバラバラなのはどうかと思うな?」
「――――何、この猫、めっちゃ言ってくるじゃん」
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