第二幕:祈りのかたち、愛のかたち

 翌朝。


 目覚めたリリアは、自分がまだ魔王の胸に抱かれたままだということに気づいて、顔を真っ赤に染めた。


「わわわ、ちょ、あのっ、離れてくださいっ……!?」


 慌てて身を起こすと、膝にかかっていたひざ掛けがふわりと落ちる。

 昨日、泣きながら魔王にすがって眠ってしまったことを思い出し、顔を隠したくなった。


(うぅ……恥ずかしい……。なんでこう、毎晩泣いてんの……私……)


「おはよう、リリア」


「お、おはようございます……」


 魔王リュシアは、いつものようにやわらかい笑顔で紅茶を淹れている。

 その穏やかさが、逆に胸をつく。


 リリアは、自分の小さな手を見つめた。


(私のこの手は、いったい何を救って、何を壊してきたんだろう……)


(“祈り”って、なんだったんだろう……)


「ねえ、リリア」


「……はい?」


「今日もひとつ、“ご褒美”をあげましょうか」


「えっ、え? いや、あの……何もしてないですけど!?」


「“よく泣けたご褒美”。素直になった子には、特別な褒美を」


 リリアは混乱した。


(なにその甘やかしロジック!? 甘やかし判定ゆるゆるすぎでしょ!?)


 それでも、心のどこかがそれを求めている。

 自分が何かを失った分、温かい何かで埋めてほしいと思っている。


 魔王はそっと、衣装棚の中から一着のドレスを取り出した。


「……これ、着てみる?」


「えっ……ドレス……?」


「私の娘が着ていたもの。――あなたに、少し似ている気がするの」


 リリアの目が、わずかに揺れた。


「形見……なんじゃ……」


「ええ。でも、悲しみだけじゃなくて、思い出も詰まっているわ。

 そして私は、あなたの中にも、あの子の“生きた証”を感じてるの」


 ドレスは、小柄な子ども用のサイズで――それでも、リリアには少し大きかった。


 でも、袖を通したとき、どこか懐かしいような、不思議な温もりに包まれた。


「……これ、ほんとに、私が着ていいんですか……?」


「もちろん。とてもよく似合ってるわよ、リリア」


 魔王の声はやさしく、それでいてどこか切なげだった。


 鏡の中に映ったリリアは、少し恥ずかしそうにうつむいていた。

 ぶかぶかの袖。ちょっと緩いウエスト。膝まで届く裾。


 それでも、魔王は「かわいい」と繰り返してくれた。


 そして――


「……ご褒美、もうひとつ」


「ま、まだあるんですか……?」


 魔王は微笑んで、リリアの額に、そっと口づけを落とした。


 柔らかな感触。あたたかい息。


 リリアの身体がぴくりと震える。


「な、なにっ、なに今の!?!?!?!?」


「おでこよ? 口じゃないわ、心配しないで」


「し、心配っていうか……こ、こここ、こっちは子どもじゃないですからね!? そ、その……!」


「“あなたのまま”でいいのよ、リリア」


 リリアは言葉を失った。


 魔王の瞳はまっすぐで、濁りがなくて。


 “愛されている”と錯覚するほどに、やさしかった。


 でも、それは錯覚じゃなかったのかもしれない。


「私……“聖女”としてじゃなくて、

 “あなたのリリア”でいても……いいんですか?」


「もちろん。私は、“聖女”ではなく“あなた”に惹かれているのだから」


 リリアの胸の奥が、ぎゅっと締めつけられた。


 うれしさでもなく、苦しさでもなく。


 それはたぶん――“答えられない感情”だった。


(私、この人の娘の代わりなのかな……)


(それとも、私は、私として……この人に、見られてるの……?)


 問いは胸に残ったまま。


 けれど、魔王の大きな手がリリアの髪を撫でたとき、

 そのすべてが、少しだけどうでもよくなった。


 この瞬間だけは、ただ――あたたかくて、幸せで。


 そう思える自分がいることが、いちばんの救いだった。

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