令和の紫式部目指します!!」
chisyaruma
第1話 雪間の恋
今は昔、帝の御代治まりて、世の中静かなりし頃のことなり。冬の気配いとど深く、京の都も雪雲に覆わるる日多かりけり。
さる中に、中納言の御子息に、光影(みつかげ)と申す、いとけうらなる若君おはしけり。眉目秀麗にして、文武の道にも秀で、琴の音(ね)にいとど心を慰むる、風流なる人なり。
ある雪深き夕暮れ、光影、物思いに沈みて、馬を歩ませけるが、ふと、古びたる築地の内に、ひときわ白き雪の積もれる椿を見つけたり。その枝に寄り添い、空を仰ぐ女君の横顔、雪の光に映えて、この世の人とは思われぬほどに清らかにてありければ、光影は馬を止め、息を呑みたり。
「いかなる人にかあらむ。かかる寂しき住まひに、あれほど美しき人のおはしますとは」
心惑ひ、家に帰りても、その面影、まぶたに焼き付きて離れず。人づてに聞けば、亡き大納言の姫君にて、今は訪う人もまれなる侘(わび)住まひなるとのこと。名を雪姫と申しける。
光影、募る想いを抑へがたく、ある夜、雪のいとど降り積もるにまかせて、文(ふみ)を書きて遣はしけり。墨の香りも艶なる陸奥紙(みちのくがみ)に、ただひと言、歌を添へて。
降り積もる み雪(ゆき)の深さに 負けじとや 燃えまさるらむ 君を恋ふ火は
(降り積もる雪の深さにも負けまいと、いっそう燃え盛るのでしょうか。あなたを恋い慕う私の心の炎は)
突然の文に、雪姫は驚き、頬を染めたり。見も知らぬ人からの、あまりに熱き歌なれば、返すべき言葉も見つからず、ただ文を胸に抱きしめるのみ。されど、その歌に込められし情熱は、雪に閉ざされし姫の心を、ほのかに温むる光のやうに感じられけり。
数日、思い悩みたる後、雪姫もまた、かそけき筆跡にて返歌をものせり。
雪深く 閉ざせし庵(いほ)に 射す光 君が言の葉 待つと知りせば
(雪に深く閉ざされたこの庵に差し込む一条の光でしょうか。あなたの言葉を私が待っていると、ご存知であったのなら)
返歌を手にせし光影の喜び、いかばかりか。歌に込められし、ほのかなる心の揺らぎを感じ取り、その夜、雪の止み間に、姫の邸を忍びて訪れけり。
雪明かりに照らされた庭にて、御簾(みす)を隔てて言葉を交わすうち、二人の心は、冬の夜の静けさの中に、深く結びつきにけり。
雪解けのまだ遠き、寒き夜な夜な、光影は姫君のもとに通ひ続け、やがて来る春には、この雪間の恋も、若葉の萌え出づるごとく、新たな時を迎ふることにならむ。それは、まだ誰にも知られぬ、二人だけの密やかなる誓ひにてありけり。
(日本語訳)
雪間の恋(ゆきまのこい) - 現代語訳
今となっては昔のことですが、天皇の御代がよく治まり、世の中が穏やかだった頃のお話です。冬の気配がいっそう深まり、京の都も雪雲に覆われる日が多くなりました。
そのような中、中納言のご子息で、光影(みつかげ)と申し上げる、たいそう美しく気品のある若君がいらっしゃいました。容姿が整っているうえに、学問にも武芸にも優れ、琴の音色で心を慰める、風流な方でした。
ある雪深い夕暮れのこと、光影が物思いに沈みながら馬を歩ませていると、ふと、古びた土塀の内側に、ひときわ白く雪が積もった椿の木を見つけました。その枝に寄り添うようにして空を仰いでいる女君の横顔が、雪の光に映え、この世の人とは思えないほど清らかだったので、光影は馬を止め、息を呑みました。
「どのような方なのだろう。このような寂しい住まいに、あれほどお美しい方がいらっしゃるとは」
すっかり心を奪われ、家に帰ってからもその面影がまぶたに焼き付いて離れません。人づてに聞いたところによりますと、亡くなった大納言の姫君で、今では訪ねてくる人も稀な、わびしい暮らしをなさっているとのこと。お名前を雪姫といいました。
光影は募る想いを抑えきれず、ある夜、雪がますます激しく降り積もるのにまかせるようにして、手紙を書いてお送りになりました。墨の香りも美しい陸奥紙(みちのくがみ)に、ただ一首、歌を添えて。
【光影の歌】
降り積もる み雪(ゆき)の深さに 負けじとや 燃えまさるらむ 君を恋ふ火は**
(歌の意味)
降り積もるこの雪の深さにも負けまいとして、いっそう燃え盛るのでしょうか。あなたを恋い慕う私の心の炎は。
突然の手紙に、雪姫は驚いて頬を染めました。見も知らぬ方からの、あまりに情熱的な歌だったので、返すべき言葉も見つからず、ただ手紙を胸に抱きしめるだけでした。しかし、その歌に込められた情熱は、雪に閉ざされた姫の心を、ほのかに温める光のように感じられました。
数日間、思い悩んだ末、雪姫もまた、か細く上品な筆跡で返歌をお作りになりました。
【雪姫の返歌】
雪深く 閉ざせし庵(いほ)に 射す光か 君が言の葉 待つと知りせば
(歌の意味)
雪に深く閉ざされたこの庵に差し込む一条の光でしょうか、あなたの言葉は。まるで、私が待っているとご存知だったかのように。
返歌を手にした光影の喜びは、どれほどだったでしょう。歌に込められた、姫のほのかな心の揺らぎを感じ取り、その夜、雪が止んだ合間をみて、姫の邸を人目を忍んでお訪ねになりました。
雪の明かりに照らされた庭で、御簾(みす)を隔てて言葉を交わすうち、二人の心は、冬の夜の静けさの中で、深く結びついていきました。
雪解けにはまだ遠い、寒い夜ごと、光影は姫君のもとに通い続けました。やがて来る春には、この雪間(雪が積もっている間の時期)の恋も、若葉が芽吹くように、新たな時を迎えることになるのでしょう。それは、まだ誰にも知られない、二人だけの密やかな誓いだったのでした。
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