第30話

田舎の神社の家に長男として生まれた俺は、日の当たらない生活を送っていた。


弟がそういうタイプではないことくらい子供ながらに分かっていたため、俺は将来この神社を継ぐのだろうと思っていた。


別に田舎暮らしが嫌いなわけではないし、それでいい。


小学校に入学する頃には、それなりに流鏑馬が上達して、父にも心配なくこの神社を継がせられると言われた。


一応、うちの仁藤神社は伝統を継承しているらしいから、とりあえず流鏑馬さえ上手ければ将来は安泰だ。


そんな動機で流鏑馬を練習すること15年。


そこそこ腕前を上げた俺は、好奇心からか自分の流鏑馬の腕がどれくらい通用するのかと考えるようになった。


この辺りはそれなりに流鏑馬を伝統をする神社も多いため、数年に一度流鏑馬の大会が行われていた。


せっかくだから俺も出てみようかと企んだ。



だが、大会に向けて練習していたある日、俺は派手に落馬した。


派手に左半身から落ちて、腕はヘンな方向に曲がった。これまでも軽い落馬なら何度かしてきたし、今回も何事もないと思ってすぐに立ち上がろうとした。


しかし、急に気が遠くなった俺はもう一度地面に倒れこんだ。地面にポタポタと赤い雫が落ちていったことに気が付いて、どうやら頭を切って出血しているのだと気が付いた。


そこからは早かった。


救急車に乗った俺は、大きな病院に送られた。

派手に骨折した腕はプレートを入れる手術をされ、頭を打ったせいで何度も検査をさせられた。


幸い、俺の体には何ともなかったが、数週間の入院を強いられてしまった。


病院のベッドで暇をしていた時、俺は偶然テレビから流れてきた映像に目を奪われた。


遠く離れたと王匡の地では、天才と称される同い年の女が弓道の中学生選手権で三連覇を果たしたようだった。


冷静にインタビューに答えていたが、次に写されたた彼女の射型に俺はくぎ付けになった。


自分と同い年でありながら、こんなにも綺麗に弓を引ける者がいるのかと。


「それでは最後に、今後の目標を教えてください」


アナウンサーにマイクを向けられると、彼女は「弓道を長く続けられるといいですね」と他人事のように答えて、番組は次の話題に移った。


他人に興味がなさそうな目付きの彼女が、やけに腹立たしく感じられた。



「長く続ける」か…。


俺は黙って包帯でグルグル巻きになった左腕を見た。


関節にプレートが入っていると言われたが、俺はもう一度流鏑馬ができるのだろうか。


俺から流鏑馬を取ったら何も残らないのにと、胸の奥で何かがざわめいた。


というか、なんで俺はこんなに流鏑馬に熱中してるんだっけ…。


流鏑馬なんて、神主にならなければ一生役立たなければ、プロになってオリンピックに出られるわけもないし、どれだけ努力しても評価されることはない。


どうせなら、陽の目を浴びられるようなことに熱中すればよかった。


そう思うと途端に俺の十何年かが無意味だった気がして、退院後はだんだんと流鏑馬から離れていった。


感覚が鈍らないように、時々弓だけ引いて、気が向いた時に愛馬のうーたんを走らせる。


やがて祭事以外で流鏑馬をしなくなり、俺の気分は冷え込んだまま高校生活最後の春が来た。


珍しく転入生が来たと思ったら、「奥村結月」といい俺の知った名前を口にした。


いつの日かとは違い、彼女は笑顔を浮かべている。


向こうは俺を知らないだろうが、俺は目の前に現れた天才に恐れ入った。


あの時、なぜ俺は彼女を腹立たしく思ったのか、圧倒的強者を前にして理解する。


俺はただ彼女の才能が、自信が、羨ましかっただけだ。怒りというエネルギーに変わるほどに彼女に憧れていたのだ。


このまま負けていられないと思った俺は、その日の放課後に彼女に宣戦布告をして、俺はもう一度流鏑馬の練習を始めるのであった。



数日が経ったある日、俺は彼女が一人きりになるのを見計らって彼女を神社に呼んだ。


特に深い理由はなかったが、流鏑馬を観てもらいたかった。彼女に認められたら、満足できると思ったのだと思う。


だが、そこで彼女が口にした事に俺はもう一度衝撃を受けるのであった。


「去年引退した。だからもう弓は引かない。」

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