第29話

それからというと、全国大会に向けて厳しい練習を続けた。


速度を上げた状態で連続の騎射練習も始め、最近は三射中二射は中てられるようになった。


目標としていた15秒以内という時間制限も、最近は15秒ぴったりくらいまでペースを上げられているので、本番までにはタイムもいい感じに仕上がりそうだ。


一つ問題があるとするならば…。


「ん…。」


「…。」


最近、春馬くんと海馬の雰囲気が悪かった。


三人で協力して騎射のタイムを計測しながら練習しているのだが、私がスタート合図係、海馬がストップウォッチ、春馬くんが騎射のターンはずっとこんな感じだ。


タイムくらい教えてあげればいいのに、海馬はストップウォッチを黙って渡すだけだし、春馬くんだってそのストップウォッチを奪い取るようだった。


最近は二人とも別々で帰宅しているようだし、いつもの仲良しの雰囲気はなかった。


まあ、兄弟喧嘩くらいするだろう。私もよく、しょうもないことで姉と喧嘩しては仲悪くなっていたし。


とりあえず、早いうちに仲直りしてくれればそれでいい。


そんなこんなで一週間が経過したのだが、二人の仲は一向に良くならなかった。


私が話しかける時はいいのだが、どうも二人での会話がない。


ただの兄弟喧嘩なら勝手にやってくれてかまわないが、私まで巻き込まれている気がするのはなんか腹が立つ。


我慢ならなくなった私は、とうとう水曜日の学校での練習でシーンとしている二人に喝を入れた。


「ちょっと、お二人さん!」


いつもよりワントーン低い声で声をかけると、二人とも肩をぴくっと震わせて驚いた。


「真剣勝負しよう!」


私は順番に二人に目配せして器具庫へ向かった。


「何の勝負だよ。」


春馬くんは少しだるそうに返事した。


「三人で十本勝負。優勝した人の命令を残りの二人が聞くこと。」


調子を戻した私が二人に負ける気はしない。


これで私が優勝して、二人に仲直りするように命令するという算段だ。


「俺、不戦敗でいいです。どうせ結月さんが勝つので。」


海馬は心配なくらいネガティブになってるし…。


「うん。どうせ勝つよ?だからハンデをあげよう。私は八本でいいよ。」


二本外してもなお勝てる可能性があるなんて、なんの接待だよ…。


「じゃあ、やります…。」


彼はしぶしぶと弓を手にした。


「第一回 北高校選抜弓道大会決勝!開幕でーす!」


私は一人でアナウンスをして、一人で的前に入る前にお辞儀をした。


ちょっくら全中させて、ここ数日の鬱憤を晴らすとするか!



ということで、突如決戦の火蓋が切られた負けられない戦い。


二位の人は一つ、三位の人は二つのお願いを聞くことに決まり、各々が集中して弓を引いた。


五回までの成績は私が全中、春馬くんが四中、海馬が三中。


弓を引いている時は集中しきっているので沈黙が気にならなかった。

そのくせ私は、日常生活では沈黙が苦手なのが不思議である。


ククッと弦を引いて狙いが的の中心に合うと、私は迷わず矢を放った。


今、私たちが行っている試合は、得点制ではなく的中制であるため、的に中ったか否かしか考慮されない。要するに的に中てるだけで良いのだ。なんと簡単だろう。


六回は全員が的に中てる皆中となり、得点差は縮まらないままだった。


そのまま七回も終わり春馬くんが外したことで、私は七点、二人は五点といい勝負になってきた。


二人が二回づつ外したため、最高でも私と同点になるため少し安心だ。


最後の一射も私はバッチリ中てて見事に全中をおさめた。


春馬くんは連続で外してしまったようで、合計得点は上から八・六・五となった。



「ありがとうございました」


一礼して的前から離れると私はベンチから二人を見守った。


二人とも地味に脱力しきれてないのがもったいない。


今までの練習ではそんな印象はなかったが、弓道形式で試合をするのはあまり慣れていないのだろう。二人ともいつもより動きが鈍っている。


九射目は無事に春馬くんが中てた。変わって海馬が外したので再び同点となり、勝負は最後の一射にゆだねられた。


私の優勝はすでに確定しているので面白くはないが、黙って見つめていた。


いざ、十射目…。

先に春馬くんが的に中てると、続けて海馬が的の淵のギリギリの部分に矢を中てて無事に同点となった。


二人は試合が終わると、一瞬だけ目を合わせてすぐにそっぽを向いた。


「はい。試合終了!優勝は奥村選手!」


私は両手を上げてお辞儀をした。


二人とも突き刺すような目で私を見てくるので茶番は終わらせよう。


「続いて、準優勝は二名。春馬選手と海馬選手です!」


私パチパチと拍手をするが、シーンとしていた。


「それでは、優勝した選手のお願いを聞いてもらいましょう。」


私は今までのふざけた調子を振り払って真剣な表情に戻った。


「二人とも!仲良くしてよ!」


私がそう言うと二人ともハッとした顔をした。


「二人の間に何があったか知らないけど、私にまで気を遣わせるのは違うでしょう!もし今私が退部したら、どうなるかわかってるの?」


二人一緒に「それはダメ」と焦った。


「じゃあ、次の練習までにどうにかすること。私は先に帰る!」


そう言って私は先に弓道場を後にした。


さて、吉とでるか凶とでるか…。

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