第24話

そろそろ夏休みが近づいてきた時のことだった。


今日もいつも通り学校の裏山の弓道場で、三人で弓を行っていた。


最近は的前に立つ時に春馬くんの横に並んで、一緒に弓をかまえて練習していた。

的にあたる中らないは関係なしに、彼が弓を離すまで私も同じ状態を維持するのだ。


不思議なことに春馬くんの横に立っている時は、彼が弓を離すまで私も一緒に会の状態を維持できるようになっていた。



そんなこんなで、思い立って普通に弓を引いてみることにした。


今まで何回やっても上手く行かなかったから、どうせ今日も上手くいかないものだろうとダメもとでの挑戦だった。もしダメでも、また二人と一緒に練習すればいい。


いつも通り礼をして的前に立つと、足踏・胴造り・弓構えと順に一連の動作を行った。


じっと的を見つめて弓を持ち上げ、打起しの型をつくる。

いつもより体も弓も軽く感じたのは、うまく脱力できている証拠だろう。


深呼吸をしながらじっくりと弓を引いて、引分けから完璧な会の状態を完成させた。


少し風が吹いていて、結んだ髪がサラサラと揺れているのを感じる。


やがて風がおさまり、と思い矢を離した。


耳元でスパッと乾いた音がして、矢は迷いなく真っ直ぐ飛んでいった。何千回も見た軌道だ。


その瞬間パアンと心地よい音がして、的の中心に矢が中った。


中った…。


心の中で現実だと理解しながら、私は残心と呼ばれる弓を放ったあとの状態を保った。


一礼をして的前を離れたものの、あまりの奇跡に現実を受け止めきれず、私はボーッと的を見つめた。


明らかに私が射た矢がそこに刺さっている。


まぐれかもしれないので、喜ぶのはもう一射を中ててからにしよう。


そう思った瞬間、後ろで見守っていてくれた二人がわぁっと声を上げた。


「結月せんぱーい!弓、抜きに行きますよ!」


「う…。うん。」


的に中った弓は自分で引き抜くのだが、弓を引いていなかったせいで長らく的に近づくことはなかった。


隣の的には海馬が中てた弓が刺さっていたので一緒に引き抜いた。


「まだ現実を受け止めきれないって顔してますね…。」


「うん。あれだけ苦労したのに、こんなに簡単に治るものかなって…。たぶんまぐれだよ。」


「治ったんですよ…!自分のこと自分が一番に信じなくてどうするんですか?」


まるで自分事のように喜ぶ海馬の姿を見て、ようやく私も表情を緩めた。


「中った…。中ったよ!」


真っ黒だった世界にようやく色が戻った気がした。

長らく暗闇に居たせいで今は眩しさに目が眩む。二人と出会って、流鏑馬と出会って前よりもずっと世界は明るくなっていた。


目の奥がぎゅっと熱くなるのを感じながら、私は海馬に礼を告げた。


「海馬…。ありがとね。」


「別に俺は何もしてないですけどね。」


そう言ってのらりくらりと先に行ってしまったので私も微笑みながら追いかけた。



ベンチの方にに戻ると春馬くんと目が合った。何事もなかったかのようにサッと目をそらされ反応も薄いため、さては見てなかったのだろう。


良い一射ほど見てもらえないという謎の弓道あるあるだ。仕方ない。


「今、中ったんだ!」


私が表情をほころばせて言うと、彼は黙って頷いた。


「綺麗だった。」


見ていてくれたんだと思ったと同時に、反応薄くない?と思う。


春馬くんはそのまま的前に立って、弓を引き始めるのであった。


追いかけようにも、弓を引いている人に近づくのは危険なので、私は黙って彼の背中を見守った。


呆然と立ち尽くす私を前に、海馬はクスッと笑って小さな声で口にした。


「本当に素直じゃないんですよね。」


いつも通り弓をかまえた彼は、今日も完璧な射型で弓を放った。

わずかに放物線を描いた弓はちゃんと的の真ん中に中り、彼は残心まで終えるとクルリと振り返った。


クシャッと笑う目にはうっすらと涙が浮かんでおり、私もつられて泣きそうになった。


いつの日か、「流鏑馬しかやってないくせに」と口走った自分を悔やんだ。こんなにまっすぐに弓を引く人なのに。


「おかえり」


彼の言葉を合図に頬を雫がつたった。


「ただいま!」


東京のみんなにも聞こえるくらいに、強く強く答えた。

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