武器とお金とハニトラと

「……」


「ん~~~! おいしい~! ひとりだと日によっては、ビッグファックにLサイズのサイダーなんて頼んだらお金が消し飛ぶもの! サイコーね~!」


 未だかつて、これほどまでに居心地の悪いファストフード店があっただろうか?

 いや、ない。


 多くの人で賑わうファストフード店。

 目の前の少女……エリカちゃんはパクパクとおいしそうにハンバーガーを食べている。

 普段路上生活をしているなら無理もない話だ。


 普段フリーハグやらで生計を立てているんだ。

 いくら目の前の彼女が美少女ロリ巨乳であるとはいえ、安定的な収入とは言えないだろう。

 寧ろ今日みたいに変に買い叩こうとする奴だって居るはずだ。

 そもそもお客自体が少なかったりね。


 本当に楽しそうに、満面の笑顔でハンバーガーをほおばっているな……。

 元お嬢様がただのファストフードをここまでありがたがって食べているなんて……。

 日頃の困窮具合を感じさせる。


 まぁ、それは良いんだ。

 楽しそうでなによりだし。

 けれど、問題は……彼女の服装である。


『うぉ……やば、エッッロ。AVの撮影? マブすぎんだろあの女……いや、女の子?』


『あの子、何歳……小学生くらいじゃない? 一緒にいる男があんな恰好させてんの? サイテーね……場所考えなさいよ』


『ママ―! あれお洋服~?』


『しっ! 見ちゃいけません!!』


 店内中の視線が僕たちに集まっている。

 男性たちはエリカちゃんに目線を向けており、女性は僕に刺すような白い目を向けている。


 当たり前か、だって今エリカちゃんは高級風俗店の裏手で拾ったスパンコールドレスを着ているんだから。

 背中や横乳、腋が見えてて胸元の心もとない布地がズレれば確定でモロ見えになるだろう服である。

 そら注目集まるわ、夜ならまだしも昼のファストフード店……普通に家族連れとか学生いるもん。


 教育に悪いことこの上ない。

 それに彼女自身、発育が良すぎるが幼い少女に変わりはない。

 そんな露出度の高すぎる恰好をした少女を引き連れた僕はどう見えるだろうか……?

 卑劣漢……ですかね?

 もしくは幼い少女にあられもない姿で、それも健全な場所である飲食店に引き連れる変態野郎か。


 うぅ……心外だ。

 心外だけど、気持ちわかる……。

 僕が見てる側なら間違いなくそう思うもん。


「……? 何、手が進んでないじゃない。あっ、そうだ! ねぇ、食べないならそれ……アタシ食べていい?」


「ぁ、あぁ。いいよ」


「やったー! はむっ! ~~~~ッ!!」


 僕が周りの視線に居づらさを感じてる中、エリカちゃんは小首を傾げながら尋ねてくる。

 咄嗟に首を縦に振ると、満面の笑みでナゲットを口に運ぶ。

 あぁ……ちょうど食べ終わった時にソースが残らないように、大事に大事につける量を調整していたナゲットが全部向こうに……。


 ……まぁ、そこまで喜ぶならナゲットも彼女に食べてもらった方が嬉しいだろう。

 うん、そう思うことにしよう。


「さっそくサイフとして役に立ってくれたわねルーキー! ……アタシの名前は、有澤エリカ。って、どうせあのフィクサーから聞いてるわよね? アンタ、名前は?」


「え、な、名前?」


「そう、名前。アンタはアタシの名前を知っているのに、アタシがアンタの名前を知らないなんてフェアじゃないじゃない。一緒に仕事、やる気なんでしょ?」


「あぁ、そういう……僕の名前は高島アンゴって言うんだ。『安い』に、『吾が君』の『吾』って書いて安吾……よろしくね」


 そう言えばそうだ、名乗ってなかった。

 出会い頭がアレで、自己紹介がすっぽり頭から抜けていた。


 エリカちゃんは僕の名前を聞くと、ニッと勝気な笑みを浮かべる。

 そして大きな胸を更に張ると、したり顔で口を開く。


「それじゃ、アンタのことはアンゴって呼ぶわ。アタシみたいな美少女に名前を呼んでもらえるのよ、嬉しいでしょう?」


「え、えーっと、う……うん」


「そう! そうよね! 本来はこの反応が正しいのよ! クズ銭5枚でセクハラするだなんて本当論外!! はぁ~、思い出しただけでもイライラしてきたわ……はぐっ、あむっ!!」


「あっ……」


 彼女はさっきのモンスターおじさんを思い出したのか、ポテトをガッと掴んで口にねじ込む。

 やけ食いだ……この感じだとさっきのおじさんだけじゃなく、日頃フリーハグ業やってる間に出くわした嫌な客のことも一緒に思い出してるのかな?

 細っこい喉に詰まらせないか、見ていて心配になる。


「……それでエリカちゃん、これからどうするの? その、……米倉スズって女の子探さなきゃなんでしょ?」


「あ、えっ……?」


「ん?」


「……いや、すごくナチュラルに下の名前呼んでくるじゃない。そのナリで」


 ……人を下の名前で呼ぶのにナリとか関係あるのだろうか?

 まぁ、確かに急に馴れ馴れしく聞こえたかもしれない。

 それに、一応はエリカちゃんが先輩風を吹かしているように色々教えてもらう立場である。


 でも、正直他の呼び方が思いつかないというか……言うても年下の女の子、それも小学生くらいの女の子が相手なんだ。

『○○ちゃん』呼びがフォーマル的に無難ではないかと思われるのだが、どうだろう。

 寧ろ本来はランドセルを背負っているくらいの年頃の少女に、わざわざ呼び方を工夫する感じが僕的には意識してるみたいで余計に気持ち悪く見えるのではないかと思うんだけど……。

 自分としてもしっくり来るし。


「それじゃあ、別の呼び方をした方が良い? 『有澤ちゃん』、『有澤』、『有澤様』、『有澤っち』……」


「……いや、エリカで良いわ。こっちが下の名前で呼んでるのに、アンタに苗字呼びを強要するのもフェアじゃないものね。……というか苗字呼びもちゃん付け以外の候補なんかふざけてない?」


「いやまぁ、ただの例示であって深い意図はないから……」


「ほんとでしょうね……?」


 エリカちゃんの視線が僕に突き刺さる。

 それにしても、どうやら今までの会話的にエリカちゃんの中では『フェアかどうか』が判断基準の一部に入っているのだということが分かった。

 それは、僕に名前呼びを了承したので確定したと言っても良いだろう。


 なんといったって、そのフェアかどうか……いわば公平感の対象には自分も含まれているということだから。

 自分が含まれる判断基準は、まず間違いなくその人が生きてきて気付いてきた生来の価値観に違いない。

 また一つ、同じ仕事仲間の人となりを知ることが出来たな。


 にしても、フェアか……。

 元々は令嬢で今や路上生活、両極端な境遇を経験しているはずのエリカちゃんがなぁ……。

 上と底を知っているからこそ、そこんところが気になるのだろうか?

 う~む、わからない……。


「そうね、まずは情報収集ね。別のメンバーがどこを調べているか分からないけれど、少なくともアタシたちは米倉スズが発見されたという豊島ブンダイの方を調べることになるわ。以前、アタシが一人で調べた時には米倉スズの元顧客に話が聞けて、ナイトクラブで働いていたということまで分かっているわね」


「なるほど……それじゃあこれから豊島ブンダイへ?」


 なるほど、夜職の子だったのか。

 ……だったら猶更痴情のもつれとかなんじゃないかなぁ。

 それか、依頼主の男は結婚詐欺に遭っていたとか?

 いや、夜職だからそんな風に思うのはただの偏見でしかないんだけど。


 にしても、豊島ブンダイかぁ……。

 シンジュクからちょっと遠いなぁ……。

 車とか持っているわけでもないし、目の前の少女は当然持っていないだろう。


 であれば、タクシーを呼ぶ?

 ……金がかかるから嫌だなぁ。

 でも、公共交通機関はバスはいつも混雑しているし、ワンチャン永田町を通ってしまうとクッソ時間がかかってしまう。

 地下鉄は治安が悪い。


 こういう時、我楽多なら表に停まっている自動車を盗んだりするんだろうか。

 そういう話を聞いたことがあるし、実際に知り合いはバイクを取られていた。

 でもなぁ、僕にはそういった盗みの経験があるわけじゃないし……うん、無理無理! 絶対無理!

 エリカちゃんに色々任せるのが無難かなぁ……そもそも僕、今回が初めての実質素人なんだからできることだってたかが知れてそうだもんね。


「まぁ、それはいずれね。それよりも重要なことがあるわ」


「重要なこと?」


「ええ、覚えておきなさいルーキー。我楽多には……『荒事』がつきもの。つまり、武器が必要ってこと」


 武器……あぁ、確かに前金もらう時にセセラさんからこれなら拳銃くらいなら買えるみたいなことを言われていたっけ。

 確かに、今僕は武器らしい武器は持っていない。

 我楽多的な観点で見ればありえないだろう。

 僕の事情を知らない我楽多が見たら、やる気か正気がないと判断されそうだ。


「なるほど……そういえば、エリカちゃんは武器……何を持ってるの?」


 よくよく考えてみれば、目の前の女の子も武器らしきものは持っていないように見える。

 露出度の高いスパンコールドレスは銃を隠し持てるような場所すらないみたいだし……。


「アタシは……持ってないわ」


「そっか、もってな……えっ!? 持ってないの!!? 前金もらっ……てるよね??」


「ええ……でも消えたわ、シンジュクと豊島ブンダイの往復費用で。それと、アタシの食費で。ちょうどその時フリーハグでまっっったく稼げなかったのよね。……貧乏ってつらいことね」


「あぁ……そういう……」


 エリカちゃんは遠い目で虚空を眺める。

 世知辛い事情だ、心が痛む……。


「他の人員とは連絡が取れないの? というか、他の人員居るよね……?」


「居るわ……でも連絡が取れないの。いや、厳密に言えばアタシからしか掛ける手段がない。それに、掛けてもアタシが掛けてるかどうか相手は分からないから、出るかどうかは向こう次第だし」


 ああ、携帯電話を持ってないから。

 いや、そうなると不安なんだけどさ……。


「それじゃ、合流したりするのってどうしてたの?」


「これまで合流したことはなかったわ……でも、もしするとなれば、アタシから掛けるしかないんじゃないかしら? アタシが普段公園に居るって伝えたら、合流が必要になったら迎えに来るとは聞いてるし」


「マジ……?」


 ……もしかしたら、セセラさんが僕にエリカちゃんにくっついてくようにと言ったのは、僕が我楽多について勉強できるということだけが理由ではないのかもしれない。

 無一文のエリカちゃんの扱いに困ったセセラさんの前に現れた、僕という確実に連絡が取れる人材。


 そんな僕を彼女の傍につけることで、エリカちゃんを人員として十全に機能するように取り計らう意図があったんじゃないだろうか?

 ……いや、それはさすがに思い上がりか?


「正直、連絡が取れないから他の連中にも何か不測の事態が起きたのかもしれないわ……。まぁでも、なんとかするでしょ。アイツらも我楽多なんだし。というか片方はまだしも、あんな態度を取ってくるような奴痛い目に遭っちゃえば良いのよ……!」


「そ、そんなに怒る程のこと……やられたんだね」


 ムスッとして怒りをあらわにするエリカちゃん。

 この子、色んなところでナメられてばっかだな。

 ……まぁ、境遇的にも見た目的にも無理ないか。

 しかし、それなら困ったな……。


 武器がないエリカちゃん。

 もちろん、僕もそれに該当する凶器は持っていない。

 我楽多には荒事がつきものなのだろう?

 いざという時に、自分の身を守ることすら出来ないじゃないか!


「それじゃあ、まずは武器の調達に行こうか。……エリカちゃんの分も僕がお金出すよ」


「え、ほ、ほんと!? あっ……こほんっ。ま、まぁ? こうして、自分のできる範囲で役に立とうとする姿勢は新人として大事よねっ! 今のところ、役に立ちまくりよルーキー! あ・り・が・と! 感謝してあげるっ!!」


「あはは……、お役に立ててるみたいで何よりだよ」


 エリカちゃんは一瞬キラキラとした目で縋るかのように上目遣いをする。

 しかしすぐにハッとした顔をすると、まるで取り繕うように胸を張りながらドヤ顔で先輩風を吹かせていた。

 我楽多の先輩としての威厳を気にしたんだろうか……こうしてハンバーガーを奢ってもらって、ニコニコあどけない笑顔を浮かべている時点で手遅れだと思うんだけど……。

 なんていうか……まるで、姪っ子に色々物を買ってあげてるみたいな気分だ。

 こんなこと言ったら、エリカちゃんは心外だと怒るんだろうなぁ……。






 ◇






 武器を買いに行く。

 簡単に言ったは良いものの、その実僕は我楽多が普段武器をどうやって調達しているかを知らなかった。

 そこで、ハンバーガー店を出た僕らは、エリカちゃんに言われるがままついて行った。


 その結果がこれである。


「武器買うって……ここで?」


「そうよ? なに目ぇ見開いてんのよ……アタシたちの手が届く武器って言ったらこれで十分なのよ」


 戻って来てしまった。

 そう、セセラさんと話をしていた地下Bar『ICEBOX』の前へと。

 我楽多の取引の場所にもなっているとは聞いたけど、まさかここで武器の取引までしてるだなんて。


「知らなかったな……我楽多の取引に使われてるとは聞いたけど、武器も買えるんだ」


「まぁ、一番高くても拳銃くらいね。もっと良いのを買いたければ豊島とか台場の方に行かないと品揃えがないわ。」


 豊島はセセラさんが言っていたように中国人街だ。

 <九蓮幇チューレンパン>と呼ばれる元は華僑同士の互助組織から始まったチャイニーズマフィアが管理している土地である。

 そして台場はロシアンマフィアである<ラーゲリ>が牛耳っている土地だ。

 故郷から流れてきた兵隊崩れであり、自分たちのことを抑留された者と自嘲するようにラーゲリと呼んでいる連中。

 とはいえ腐ってもプロであり、東京においては武器売買などを大きなシェアを持ってるんだとか。


 正直、どこもそんな傘下の影響が強いのであまり行きたくはない。

 治安は良いとは言えないが、各傘下の緩衝地帯だけあってシンジュクはそこら辺の影響は薄い……と聞いたことがある。



「……まぁ、最終的な目的地は豊島だけど一番近いのはここなんだから文句ないでしょ?」


「いや、文句はそもそもないよ……ただほら、僕さっきキミに会うまでこのBarでセセラさんと話していたから」


「あー、なるほど? そう言えばそうね……アンタに教え損なったのかしら? あの男……いかにも段取りは崩しませんみたいな薄ら笑いを浮かべてるに、意外ね」


 同調はしてくれたものの、ほら行くわよと深掘ることなく先を急かすエリカちゃん。

 すっごくどうでもいいのだろう。

 薄ら笑い……まぁ、確かにセセラさんはどこか底の知れない雰囲気のする人だと思う。

 いや、あの人のことを詳しく知っているわけじゃないがさっき会った印象ではって話ね?


 ネット上で話していた時は気さくな良い人だったんだけど……。

 まぁ、それも彼の処世術なのかもしれないのだが。

 事実、僕はこうしてホイホイ彼に仕事をアサインされに行ってるから何とも言えないが。


 Barのドアを開けて、中に入る。

 昼ではあるが、人が居る。

 夜はもっと増えるのだとしたら、それは最早<喧噪>の一文字で表すほかないだろう。


 セセラさんに会いに行った時とは別の視線を感じる。

 十中八九、エリカちゃんが原因だろう。

 スパンコールドレス着用のムチムチ巨乳ロリが、オトナの酒場である地下Barに居るのだ。

 正直、インモラルすぎる。


「うぉぉっと! 手が滑った!!」


「ひゃっ!? このっ……っ!!」


「おっと睨むなよ、お嬢ちゃん。気をつけるからよぉ?」


「ツレが悪いな、公園おっぱい。こっちの方もフリーなのかと思っちまったよw」


 横を通りがかると、一人の男がエリカちゃんのお尻を思いっきりシバいた。

 パシンッと良い音がなった後、エリカちゃんの肩が跳ねる。

 キッと睨みつける彼女の視線を受けても、そのテーブルの男たちはニヤニヤと笑みを浮かべている。


 どうやら彼女の生業は既に知られているようで、あんまりにもあんまりな渾名を付けられていた。

 というか手が滑ったって言いながら、もう一人はタダかと思ったかと言ってるし、言い訳も態度も何もかも雑だ。


 もしこれで隣に居るのが僕ではなく、筋骨隆々のイカツイ大男だったら……。

 なんとなく、隣のエリカちゃんも嫌な思いをせずに済んだのかもしれない。

 エリカちゃんだけじゃなくて、僕もナメられてる……!


「〜〜〜っ!! ふんっ!!」


 エリカちゃんもあからさまに不機嫌さを表に出すものの、面と向かって物申したりはしない。

 生業を知られてる以上、彼らは顧客になりうる存在だ。

 だからこそ、エリカちゃんも強く咎めるようなことは言えないのかもしれない。


「……マスター、仕事道具を買いに来たわ」


「……払うのは、隣の兄ちゃんか?」


「ええ、そうよ」


「あいよ」


 プンプンと怒りながらも、カウンターの店員に声を掛ける。

 スキンヘッドのガタイの黒人男性は僕を一瞥すると、背後のウイスキーが並べられている棚の隅の留め具を外す。

 すると戸棚が回転して、現れた棚には銃器が並んでいた。


 うおぉぉぉ……これはちょっとスパイ映画みたいでカッコいいぞ。


「うちにあるもんは……高くても精々顔巻一つ分程度の値段のものだけだ。ARみたいな本格的な物が欲しければ、台場にでも行きな。二日前なら38式歩兵銃は1丁置いてあったんだがな」


 棚に並んだ武器を見やる。

 クロスボウに弓矢……アメコミのヒーローでも来店するのだろうか?

 それに近くの神宮球場から仕入れて来たのか、年季の入ったバットなんかも置いてある。

 とはいえ、ほとんどが拳銃のような手ごろな武器が並んでいた。


 この星が付いている拳銃、この中だと一番高いな……。


「そいつは銀ダラ……ようはトカレフだ。単純な造りで信頼性が高く、結構タフだ。だが安全装置はないぜ、使うならポッケに入れた拍子に自分の一物撃ち抜くなんてことないように気を付けろ」


「ひぇっ……」


 確かによく見ればカチカチっと外す感じの安全装置に類する機構がない。

 トカレフ……名前は聞いたことある。

 けど、そんな銃だったのか……銃に興味があるわけでもなかったので知らなかった。

 正直、使っていくとなると怖いな……銃を扱うのに慣れてるわけでもないし。

 持ってるだけで、暴発を気にして気疲れしそう。


「金、あるのか?」


「は、はい! ほら、顔巻ちゃんとあります。 サイフの方にも、多少は……」


「そうか……なら、チースペが良いんじゃねぇか。トカレフよりもちょっと安い……まぁ県警の放出品だから、こっちのほうが手に入りやすいんだ。連中、ベレッタがあるからサイドアームにしたって要らんって言っちゃってな」


 そう言うと、そう言うとチースペと呼ばれる小型のリボルバーを見せてくる。

 県警の放出品……確かに、交番の警察が腰に下げているのを見たことがある。

 まぁ……リボルバーなら扱いやすいかもしれない。

 要は弾を入れてハンマーを引いて、引き金を引かなきゃ良いんでしょ?


「ねぇ、マスター? なんか今日はやけに丁寧に説明するじゃない?」


「このボウズはお前にとってのスポンサーみたいなもんなんだろ? 冷やかしでもねぇなら冷たく接する理由もねぇさ。それがどう見ても我楽多慣れしてない小僧となれば、な……。それに、ウチはあくまでバーだ。副業でケチつけられたんじゃ、たまったもんじゃねぇよ」


「……むぅ。とりあえず、アタシあの可愛いピンク色の拳銃にするから。トイレ行ってくる……多分時間かかっちゃうだろうから、選んだら買ってて。それじゃ、よろしく」


「あ、う、うん」


 マスターの返答に頬を膨らませるとすげなく彼女はそう言い残して、トイレへと向かう。

 まぁ……、いくら暖かくてもあんな恰好だと身体、冷えそうだもんね。


 まぁ、レディのそういう事情は考えないようにしつつ、エリカちゃんが言っていた銃を見やる。

 普通の拳銃だ、全体をピンク色で塗られた感じの……。

 いや、なんか全体的に素材がチャチく見えるんだけど……気のせいかな?

 なんかアルミっぽい……おもちゃみたいだ。

 バレルにバリのようなものが残ってるし……。


「コイツはショッキングピンク15って業者は呼んでいた。素材は安価で大量生産に向いてるが耐久性に難のあるアルミ、バレルを見りゃ分かるが部品のカットなんかも甘い。粗悪な銃だ……コイツに関しては撃つこと自体の動作証明は出来るが、この先ずっと使えるなんてことは証明できねぇ。物によっちゃあ数発でジャンクだ……俗に言うサタデーナイトスペシャルだな」


「それって、でもなんで……」


 なんでわざわざそんな銃を……。


「コイツはな、クッソ安いんだよ。お前に見せたチースペ、アレ買った時に返す小銭で買える」


「小銭でっ!?」


「あぁ、故に土曜の夜に金のない奴が脅しで使ったり、喧嘩で使ったりと病院に運ばれてくる原因となることが多い。土曜はこいつのせいで医者がてんやわんや……俗称はそっから来てる。お前がアイツの武器の金を出すんだろ? ……そんな奴が高そうな銃を見てたんだ、自分は安めでって気ィ遣ったんだろ。ガキだが、気の利くイイ女じゃねぇか」


 そう……だったんだ。

 あれほど、財布として役に立てと言っていたのに、僕に気を遣ってくれたんだ。

 普通に体温調整むずそうな服着てたから、お腹壊しちゃったのかと思ってたよ……。

 なんか悪いことしちゃった気分だな……。


「いらっしゃい。……買うんならさっさとしてくれ。あくまでウチはバーなんだ、いつまでもお前の相手はしてられん」


 背後で入店を告げるベルの音が鳴ると、マスターは僕から視線を外して入店したお客さんに一声掛ける。

 そして、僕に視線を戻すとスキンヘッドの後頭部をキュッキュッと撫でながらも、僕を急かした。

 カツカツと革靴の足音がなると、僕から見て右側……2つか3つくらい席が引かれた音が聞こえる。


 確かに、そうだ……早く決めなきゃ。

 僕は扱いやすそうだし、チースペを買うつもり。

 それでエリカちゃんの銃は……本人が決めたもので良いか。

 僕、銃のことは何にも分からないし……。


「わ、分かりました! それじゃあ――」


「ちょっ~~~と待ったぁ~~~!」


 マスターに答えようとした瞬間、遮るように僕の左隣に立った女性が声を上げる。

 黒い艶めいた髪を2つ結びのお団子にした女性。

 ジャケットを羽織っており、目を細めて悪戯っ子のようにニマニマと笑みを浮かべている。

 綺麗な人だ。


「ちょっとちょっと~~、お連れの方にそんな銃を買うのは可哀想ですよぉ~。いくら本人が望んでいたとしても、それは流石にありえませぇ~ん!」


「は、はぁ……でも、お金ないんですよ。顔巻くらいで済ませられるなら済ませたいというか……」


 やっぱり出来ることなら自腹は割きたくないのが本音だ。

 それをエリカちゃんが気遣ってくれたというのなら、ありがたくその心遣いに乗っかりたいというのが本音な所。

 しかし、目の前の女性は人差し指を立てて、やれやれといった表情で横に振るのだった。

 チッチッチッと言いながら。


「それは買うところが悪いのです、なんでバーのカウンターで武器を買ってるんですかぁ? アナタは??」


「えぇ……それじゃあどこで買えば……」


「ふっふっふ~ん、そこでワタシの出番ということです。ここだけの話ですが……同じ値段、所謂チースペを買った後のおつりと同じくらいの値段で、ちゃんとした銃……ワタシ、売りますよ❤」


「えっ、ほんとですか?」


「ほんとほんとです~❤ ワタシ、嘘つきませ~ん❤ 今まで嘘をついたことのない女、故郷では100年後には公正な取引を司る女神としてファミンちゃん像が残るって言われてるくらいですも~ん。ここでは店頭で買うよりぃ、店内で売買しているトレーダーさんや仕事に失敗しちゃったけど戦利品で経費は賄おうとしている涙ぐましい我楽多さんから買った方が賢いちゃんなんですっ❤ おっと自己紹介がまだでしたっ! ワタシはフェイ 花明ファミンと言います、アナタは?」


「ぼ、僕の名前は高島アンゴです」


 ファミンさんから色々教わりながらも、名前を聞かれたので答える。

 にしても、結構ICEBOXからしてみれば不都合なことしか言ってない……というか、この店滅茶苦茶ディスってないか?

 お店で買うより、お客から買う方が賢いとか……そうなんかなぁ?

 ていうか、マスターの目の前だし……大丈夫なんだろうか?


 横目でマスターの方を見ると、ハァとため息を吐いて肩を竦めていた。

 これは……客を取られたから意気消沈してるのか?

 いや、でもどちらかと言えば『やれやれまたか……』みたいな呆れの側面が強いようにも見えるけど。


 それに、なんだかファミンさんの言葉は……軽い、そしてペラペラしてるようにも感じる。


「それではアンゴさん。さっそくですが、品物の方をお見せしましょう! こうやってペラペラ説明するよりも、実物見せちゃった方が早いですからね~。話が早くて助かるとはよく言われるんですよ~」


 見せる……?

 といっても、彼女は何かしらジュラルミンケースのようなものを持っているわけでもない。

 それどころかどう見ても、荷物一つ持っていない身軽な身の上にしか見えないのである。


 戸惑う僕を他所に、彼女はプチプチとジャケットのボタンを外す。

 そして僕の顔を一瞥してニマァっと笑うと、まるで僕に見せつけるかのように大きくジャケットを開く。

 ジャケットの裏地には多くの銃器のホルダーが付いており、太もも辺りにもホルスターを付けている。

 几帳面にも銃器の下には弾薬のケースが縫い付けられていた。


「こちら、ワタクシが実演しているように拳銃や小型のサブマシンガンと携帯しやすい武器を取り揃えております。仕事でトウキョウを駆け回る我楽多さんには携帯性が一番重要でしょうからねぇ~。ん~、おやおや……なにやら熱心に見つめているご様子❤ もしかして、お目当ての武器がございましたか~?」


「あ、いやっ、これは……」


 けれども、彼女の開いたジャケットの中で一番最初に視線が向いた……向いてしまったのは決して銃器ではなかった。

 彼女がジャケットの下に来ていた、白いTシャツ。


 それは蒸れていたのか、汗でうっすらと透けている。

 ……が、そこには見えるはずのブラのような物はない。

 代わりに見えるのはピンク色の色味……コイツ、直で……!?


 ジャケットを開いた表紙にムワッと湯気が顔に当たった気がした。

 ……流石に、これは見てしまうよ。


「粗悪銃と同等の値段であれば、隣のサブマシンガンなんかどうでしょう~? 一度、自由にお手に取ってくださ~い❤」


「あ、さ、サブマシンガンが買えるならそっちの方が良いかな……」


 ファミンさんはジャケットのサブマシンガンが付いた部分を更に協調するかのように、ジャケットを開いたままグイグイ僕に近づける。

 言われるがまま、僕はそのサブマシンガンを手に取ろうと手を伸ばす。


 その瞬間――


「あんっっっ❤❤❤」


「っっっ!!?!?!?!?!?」


 ファミンさんはニヤァァ……と笑みを深くすると、グイッと身体を横に動かして胸を僕の手にムギュゥゥッと押し当てる。

 そしてまるで、不意に触られたかのような声を発した。


 えっ……えっっ!?


「ちょっと~~~~~! この人~~~! 銃を手に取る振りして、おっぱい触ったぁ~~~~~」


「えっ! え!? いや、それはあなたが……」


 自分は被害者であるということを間延びした声で喧伝するファミンさん。

 咄嗟に開いていたジャケットを閉じて、身を寄せるようにしてる。

 これじゃ、どう見てもまるで僕が武器を手に取るといって彼女にセクハラをしたみたいじゃないか……!


 焦る自分。

 しかし、対処が思い浮かぶよりも前にファミンさんに影が掛かる。

 彼女の背後に彼女の背よりも高い男が歩み寄って、どっしりと僕を威圧するかのように腕を組んでいた。


「オイ、ガキ……人の女に随分なことしてくれたみたいじゃねぇか、ええ?? おい、大丈夫か???」


「エ~ン、オッパイサワラレタヨ~ダーリン~! ダイジョブジャナイヨ~」


「え、ええええぇぇぇっ!!!? いや、僕が触ったんじゃなくてあなたが急に――」


「ああぁっ!!? テメェ、この期に及んで言い逃れする気か!!? しかもお前、こともあろうに俺の女からとか抜かしやがって……男の風上にも置けねぇなぁ!? ふざけんのも大概にしとけよ殺すぞ!!!」


 ガラの悪いイカニモ系な大男に胸倉を掴み上げられる。

 ひぃぃぃ!! これ、アレだ!! 美人局だ!!!

 隣の僕を引っかけたファミンさんは……、なんだその表情!?

 なんでポケ~と馬鹿面してるの!? 

 人を不幸のどん底に突き落としているのに、どういう感情!?


 だ、誰か助けてくれないか……例えば、お店の人とか……。

 あっ、マスター……テーブルの方のお客さんにお酒持って行っちゃった!

 確か、ICE BOXでは我楽多同士の喧嘩など割と殴り合いが起きる場所でもあるとは聞いたことがある。

 あ、だからため息ついてたんだ!

 面倒ごとが起きるって分かってたけど、助けるまでもない日常茶飯事だから……ってことか!

 いや、僕にとってはこれが初体験なんですけどっっ!!!


 痛いのやなんだけど!! この人、腕太いし!!


「武器……か、興味あるわ。俺にも見せてくれへんか?」


 背後、つまり僕の席の右側から男の声がする。

 コツコツと革靴の音がすると共に、視界の端に中折れ帽を被り、シルバーのスーツを着崩したホスト風の男の姿が見える。


「あん? なんだテメェ?? 今は取り込み中だってのが見て分かん――がほぉぁっ!!?」


「わあっ!?」


 大男は急に近寄ってきた色男に、眉根を顰める。

 だが、大男が言葉を最後まで発するよりも前に、色男は真っすぐ美しいと思うくらいの軌道で大男の腹に蹴りを叩き込む。


 見事なヤクザキックで、蹴り飛ばされて転倒する巨体。

 咄嗟に腹部を蹴られて力が抜けたのか、胸倉を掴み上げられていた僕は床に尻餅をつく。


「ちょっ!? アナタ、なにやって……」


「へぇ……、武器はまだ見れてへんけど、確かにこれは一級品やな。綺麗すぎる……女神かと思ったくらいやわ。お金で買えるんやったら、是非とも俺のもんにしたい。……かまへんか?」


「ぁ……❤ ふ~ん? 結構の話の分かる方ですね……顔も、好みですし❤」


 咄嗟に非難するような声を上げるファミンさん。

 しかし、色男は彼女に肉迫するも顎をクイッと持ちながらキメ顔で愛を囁く。

 それだけで、ファミンさんは顔を赤くして恍惚としていた。



「ちょ、おい! どうしちまったんだよ!」


「あぁ……、ワタシこの人と話がありますから、アナタはもう好きにしてて良いですよ……」


「好きにして良いって……、クソッ!! テメェ、ガチで人の女取ってんじゃねぇぞ!!!」


 ファミンさんの様子の変化に訝しげに彼女を呼ぶ大男。

 けれども、ファミンさんはポーッと頬を染めたまま、シッシッと手を振ってすげない態度を大男に取る。


 大男はそんな態度に唖然としながらも、悔しさを滲ませて色男に噛みつこうとする。

 ……が、色男はそんな大男など眼中にないと言った様子。

 それどころか、今は尻餅をついてる僕へ視線を向けていた。


「なぁ、兄さん。大丈夫か? 立てるか??」


「え、は……はい」


「ほな、良かった。男の手を取ってやる趣味はないもんでね……ほんま気ぃつけぇよ? 怖いところなんやから、少なくとも簡単に人の話信じちゃアカンな」


 僕の答えを聞くと、彼は冗談めかした言葉を言う。

 そして安堵した表情で僕に忠告をする。

 そんな眼中にないといった態度が気に入らなかったのか、大男は苛立った声を発する。


「無視してんじゃねーぞ!!!」


「なぁんや、見苦しいやっちゃなー。男の嫉妬は見るに堪えんで? ファミンちゃんはこうして俺を選んだっちゅーわけやから、お前に魅力なかったっちゅーだけの話やろ? 喚くなや」


「ぁ……❤ ちょっ、気が早すぎますよ!❤ まだそこまで許した覚えは……❤」


「あははっ、ごめんごめん! もう俺のもんかと思うてたわ。自分、結構気ぃ早い方なんや。許してやぁ~」


 彼は、ファミンさんの方に馴れ馴れしく手を回して胸をがっつり揉みながら大男を嗤う。

 しかし元々の相方が笑われたというのに、ファミンさんは彼に対して気軽に触れてきたことをプンプンと可愛らしく怒るだけ。

 そして、彼もそんな彼女の形式上の怒りをヘラヘラと受け流しつつも、胸を揉むのを辞めていなかった。


 その姿はまるでふざけあうカップルそのもの。

 そんな彼の姿を見て、歯ぎしりをする大男。

 大男へと視線を向けると、真面目な顔で睨みつける。


「そない文句あるなら、男やったら『話し合い』で決めよーや。……表で聞いたるけど、どうする?」


「俺とお話だぁ? へへっ、良い度胸じゃねーか……後悔させてやらぁ!!」


「決まり、やな。ほな、ファミンちゃん? 行こか」


「は、はぁ~い❤」


 彼がバーの扉を親指で指すと、大男はニヤニヤと笑って出口へと向かう。

 そして彼はファミンさんの肩に腕を回したまま、バーの外に出ようとする。

 ……が、途中で足を停めると僕の方に視線を向ける。


「ほな、気ぃ付けるんやぞ。 ……またな、高島アンゴくん」


「なんだ、早く来い! それとも、ビビッちまったかぁ?」


「やっすい挑発やなぁ~、待っとれや木偶の棒。今行ったる」


 彼はそう言い残すと、外からの大男の挑発に強気に返しながらファミンさんを連れて外に出る。

 ドアベルがチリンチリンと音を立てる。


 なんだったあの人……。

 名前……はさっきファミンさんに言っていたのを聞いていたのか。

 いや、にしても『またな』とか言ってたし……。


「ふーっ……あれ、アンゴ……アンタまだ買ってなかったの?」


「あ……あぁ、うん。今から買うよ。マスター、チースペとショッキングピンク15? ください」


「あいよ……顔巻1個、ちょうどだな」


 さっきの嵐のように突然現れて、僕を救った彼のことを考えていると、トイレからエリカちゃんが戻って来る。

 不思議そうに首を傾げるエリカちゃんを諫めつつ、マスターに注文する。

 マスターは既に棚を戻していたみたいで、面倒そうに溜息を吐くとまた棚をグルんと回して、僕らに銃器を渡してくる。


「礼は言っておくわ、ありがと。まっ、これで荒事が起きても安心なさいな。ぜーんぶなんとかしてやるんだから! アタシにど~んと任せなさい?」


「あ、うん……頼りにしてるよ」


 僕から銃を受け取ると、お礼の後にふふんとしたり顔で先輩風を吹かすエリカちゃん。

 けれど、僕はその銃が粗製銃であることを知っている。

 ……僕に気を遣って安い武器を選んだ

 それでこうして先輩風を吹かせて、安心させようとしている。


 ……僕も頑張らないと。

 素人なりに、出来ることをやらないとなって。

 そう思う。





「うぁわぁ! ……ああいや、胸が呼吸で浮き沈みしてるから生きてるか」


「どうしたのよ、そんなの見て。どうせ、酔っぱらいでしょ? そんなのに構ってたら、嘱託刑事辺りに絡まれるわよ」


 表に出ると、さっき僕に絡んできていた大男が倒れている。

 仰向けで大の字……時折、ピクピクと痙攣している。

 銃で撃たれたのか所々、衣服に血が滲んでいる。

 死んでね……これ? と思わせられる状態だが、唯一胸が浮き沈みして呼吸はしていることは分かるので生きていることは確実だろう。


 にしても、手酷くボコボコにされている。

 さっきのホスト風の彼に、やられたのか。

 こんな大男を優男風の彼が、打ち倒したのだ。

 すごいな……。


 僕が大男を見てると、エリカちゃんが煩わしそうに声を掛けてその場から離れようとする。

 確かに彼女の言う通り、今の状況はあまり好ましくない。


 嘱託刑事……所謂人手不足で東京県警が雇った連中。

 当然、我楽多のような連中がなっている場合が多く、やってることもヤクザそのものだ。

 そもそも東京県警自体が傘下に数えられるほどの組織なのだ。


 犯罪らしき現場を見れば、まず逮捕する代わりにゆすってお金を取るのが基本ムーブ。

 なんなら捜査が面倒臭いと感じれば、代わりに別の人間に罪を着せて逮捕するなんてことが横行しているくらいだ。

 そして麻薬の摘発だって、厳密に言えば県警を通さずに取引をした人間をしょっ引いてるだけ。

 石を投げれば悪徳警官に当たる可能性の方が格段に高い、そんな集団。


 そしてこんな倒れた人間の近く……それも銃痕があるような人間の近くに居れば間違いなく難癖をつけられるに違いない。

 こんな場所からはさっさと離れて、エリカちゃんと一緒に仕事を完遂する為に豊島ブンダイに行った方が良いに決まっている。


 ……とは、思うんだ。

 けれど、僕にとってみればさっき絡んできた嫌な奴ではあるわけで。


「……お、あった。中も割と入ってるじゃん」


 大男の来ている上着を漁れば、二つ折りの革サイフが出てくる。

 中を開くと、そこには数枚の顔札が入っていることが見える。

 それを全部抜くとポケットに入れて、財布を元あった場所に戻す。


 自分の財布を開いて、顔札を入れる。

 ……よし、資金調達は出来た。

 まっ、迷惑料代わりって奴だね。

 さっきの恨み!とか言って殴ったりとかしない辺り、僕は優しい。


「……アンタ、手癖は悪いのね」


「え、ああっ! いや、これは……エリカちゃんが居ない間に色々あってね!」


 顔を上げると、エリカちゃんがジト目で僕を見つめていた。

 その顔を見た瞬間、ハッとする。

 そうだ、あの時エリカちゃん居なかったんだ。

 今の僕は、彼女の目からすれば倒れている人間の財布からシームレスに金を抜いていく羅生門のババアもかくやの存在に見えているはず!


「別に、弁解なんかしなくて良いわ。糾弾しようってわけじゃないし、使えるお金が増えてよかったじゃない。とはいえ、結局ここを離れないとってのは変わらないでしょう? さっさと地下鉄に行きましょ?」


「う、うん! あ、でも本当にエリカちゃんがトイレに行ってる間に色々あってさ……僕、あの人に絡まれて~」


「はいはい、そういうのは歩きながら聞いてあげる。……っていうか、なに? そんなに必死に弁解して……もしかしてアタシからの印象が気になるの? ふ~~~~ん? 可愛いところあるじゃない?」


「そりゃあ、誰だって何の理由もないのにお金を盗む奴とか思われたくないんじゃないかな?」


「はいはい、分かったから! ふふっ……我楽多やってるのに、今更そんなことで何か思うわけないでしょ? さっき言ったのは、アンタもそういうことはちゃんと出来るんだって意外だっただーけ! 理由なんか気にしないわよっ、アタシたちみたいな連中は。また一つ、勉強になったわね!」



 彼女に事情を説明しようとして、歩いていく彼女に追い付く。

 そんな僕の言葉を流しながらも、なぜかニヤニヤと笑いながら胸を張って先輩ぶるエリカちゃん。

 ICEBOXの扉、ひいては倒れた大男は遥か遠方で見えなくなる。

 こうして、僕たちの武器調達はひと段落したのだった。

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