第6話 目を背けたい過去が明日を切り開く時もある。
"
ギルドに認められた"
そういう狭き門通り抜けた者たち。
世間一般のイメージとして魔法鍛冶師とは選りすぐりのエリートなのだ。その辺りがヨアヒムに肩身の狭い思いをさせている原因の一つでもある。
魔法鍛冶師を名乗る事を許された者は三つの位に分けられる。
新米魔法鍛冶師はまず"
"従弟”は師の監督下で無ければ活動を許可されない。
師事する“巨匠”か、経験豊富な兄弟子のいずれかに実力を認められ、次の段階に進むようギルドに推薦状が書いて貰えるようになれば晴れて独り立ちのための試験を受ける事ができる。
論文の提出と、師事する”巨匠“以外の“巨匠”による口頭試験をクリアできれば晴れて"
最高位である"巨匠"になる条件は明確には規定されていない。
歴史的発見、あるいは発明をしギルドが特にその功績を認めた場合。とされている。
世紀の大発見、などと言うものがゴロゴロしている訳もなく、そのチャンスをつかむものはそうそう現れない。開拓史を紐解いても“巨匠”と認められたのは両手で数えられるほどしかいないのだ。
リーシャが持ってきた論文はヨアヒムが"親方"の推薦を受ける前に書き始めたものだ。そう、推薦を受ける前に勇み足を踏んだのだ。
身の程をわきまえないヨアヒムの行いは、師であるグラハムの機嫌を著しく損ねた。
結果として思い上がりも甚だしいと酷く叱責されたのだ。
一ヶ月の間書庫の整理以外の仕事から外され、探索に同行する事も許されない。
事実上の謹慎処分だった。
背伸びをして盛大にすっ転んだ証拠とでも言えば良いか。
若気の至りを嫌でも思い出させる物なのだ。
「リーシャこの本好き。でも、とちゅうまでしか無いからもしこの本を書いた人に出会ったら、続き書いてっておねがいしようってずっと思ってたの!」
そんなヨアヒムの心内を知る由も無いリーシャは、さっきまでの膨れっ面も何処へやら。本当に嬉しそうな表情を浮かべている。
忘れたい過去の産物が目の前をチラつく事に、心がざわつかないでもない。だが、それが妹弟子との関係修復に役立つのならそれも悪く無い。そう思えなくもなかった。
どうしても笑顔が引きつってしまうのだけは堪えがたかったが。
「この本を読んでからねるとね、行った事のないところに行く夢が見られるの。リーシャ、工房の外にあまり出ないから夢の中でたんけんするの!」
フサフサした耳も尻尾も、紡がれる言葉と同じようにピョンピョンと弾んでいる。
「そんなに好きかい? 論文としては稚拙すぎて恥ずかしいんだけどな」
「ちせつ? かどうかはリーシャ分からないけど好きだよ! ししょーの本には書いてない事がいっぱい書いてあって楽しいの!」
キラキラと輝くリーシャの瞳がまっすぐにヨアヒムを捉え、自分が書いた稚拙な論文が好きだという。
ヨアヒムは嬉しいような、やはり恥ずかしいような。
そんな複雑な気持ちがこみ上げるのを感じる。
ただ、リーシャの口から出る屈託のない賛辞はそんなモヤモヤとした気持ちを晴らして行くようで、ヨアヒムは自然と表情をほころばせた。
「そんなに喜んでもらえるなら時間を見つけて続きを書いても良いかな。仲直りの印にね」
"仲直り"というフレーズを聞いた途端、ハッとした表情をしたリーシャは小走りで元いた向かいの椅子に掛け直すと真剣な表情で姿勢を正す。
何事かと思いながらも思わずヨアヒムもつられて姿勢を正した。
「私はリーシャ、リーシャ・エィンズロック。フォルマの生まれで今は”巨匠“グラハムの娘。こっちは生まれた時からずっといっしょのエンバ。さっきはごめんなさい!」
そう言うや否や立ち上がって深々と頭を下げる。いつの間にかリーシャの傍に座っていたエンバも、主同様こうべを垂れていた。
「どうしたんだいきなり」
「『きちんと身分を明かして礼儀を通す人には自分もきちんと礼儀正しく身分を明かしなさい』って師匠は言ってた」
ヨアヒムはなるほどな、と小さく頷く。
この目の前の小さな少女が、幼いなりに筋を通そうとしている事がわかったからだ。
「ししょーは『留守番している間知らない人が訪ねてきたら、エンバにお願いして帰ってもらえ』って言ってたの」
--やっぱりあのクソジジイのせいじゃないか。
そんな心の声が口をついて出そうになったが、ヨアヒムは顔を引き攣らせながら必死に呑み込む。
「リーシャは言いつけを守ったつもりだった。だけど、ヨアヒムは知らない人じゃなかった。リーシャは間違っちゃった。『間違った事をしてしまったらきちんと謝りなさい。』ってししょーは言ってた。だから、ごめんなさい」
「謝らなくてもいいさ。リーシャは師匠の言いつけを守ろうとしただけなんだから。誤解が生んだ不幸な事故だったって事で水に流そう」
--実際被害が出たのはこっちだけなんだけどな……。
ボロボロになった荷袋と外套へ視線を落とすと、そんな気持ちが首をもたげる。
だが今ここで蒸し返したのでは兄弟子として、何より大人としてあまりにも器が小さすぎて情けない。
「じゃぁ仲直りね!」
眩しくほころぶリーシャの表情に、ヨアヒムも思わず頰が緩める。
「あぁ、仲直りだ。改めてよろしく、妹弟子さん」
ヨアヒムも穏やかな表情で右手を差し出す。
リーシャは小さな右手でヨアヒムの手を取った。少し照れくさそうにはにかむその表情が、ヨアヒムにはひどく眩しく思えた。
その小さな手を握りながら、ヨアヒムはこの先の事に考えを巡らせる。
まだ解決すべき問題にたどり着いてもいないが、とりあえず一歩前進と言うところだ。
今日のところはそれでいい。
ぼんやりとした明日に想いを馳せるヨアヒムは、この先待ち受ける、この可愛らしい妹弟子と過ごす数多の日常と非日常を、まだ想像もしなかったのだ。
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