第7話 本当の願い

 キャンバスに描かれた、青いドレスに目をとめる。

 星空を纏ったような美しい衣をまとい、静かに微笑む女の絵。


 本当の私とは、似ても似つかない――

 そんな女の姿を、命を賭して描き上げた男が、満ち足りたように息絶えている。


 私は冷めた心で、その亡骸を見下ろしていた。


 前世で、私は愛する人との結婚を控えていた。

 けれど、この男――エリオスが私に執着し、自分のものにできないと知るや、私を川へ突き落とした。


 水の中で助けを乞う私に、あの男は岸辺の青い花を投げ入れ、こう言った。


『私を忘れないでくれ』


 ……忘れなかったとも。

 私を殺したお前を。

 この手で、お前の息の根を止めるその日まで。


 命を奪いながら、自分を忘れるなと願った――

 どこまでも自分本位なその願いを、私はちゃんと叶えてあげたのよ。


 さようなら、エリオス。

 私はもう二度と、お前と出会うことはない。

 お前を思い出すことも、ない。


 ――さようなら。


《終》

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

蒼の記憶 須藤淳 @nyotyutyotye

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ