第2話 学園の人気者


 翌日、アシュリーは小さな紙袋を持って校門の前にいた。


 手に持っているのは、昨日助けてもらった彼へのお礼だ。


 彼はアシュリーを保健室に届けるだけでなく、気分が落ち着くまでしばらく保健室に残ってくれたのだ。


『ごめんなさい。私のせいで授業に遅れて……』


 彼も授業があったはずだ。自分のせいで授業に遅れることが申し訳なくなって言うと、彼はハンカチを取り出してアシュリーの涙を拭った。


『授業を受けるよりも、君の涙を拭う方がずっと大事だよ』


 そのままアシュリーにハンカチを手渡し、名前を告げることなく授業に戻っていった。

 あの時のことを思い出すと今も胸の奥が騒いでしまう。


(お礼をしないと……)


 高鳴る鼓動を抑え、お菓子と昨日のハンカチが入った紙袋を握りしめる。


 彼の名前は調べなくても知っている。

 カイン・ルストン。


 アシュリーと同格の伯爵家の出で、見目麗しい容姿で女子生徒達を魅了する話題の美少年。

 それに加え、運動神経抜群で成績優秀、おまけに第三王子の友人ときた。


 カインに魅了された女子生徒達は皆こう口にする。

 まるで物語から抜け出した貴公子のようだと。


(あ、いた!)


 目立つ夕焼け色の髪を揺らして現れたカインは、第三王子と他の友人達と共に校門を潜り抜けていた。


 彼らの登場で周囲が一気に華やぐのを感じる。女子生徒達も密かに呆ける様子も見えた。

 彼らは皆容姿が優れているが、中でも顔立ちが際立っているのがカインである。


 しかし、そんな彼にも一つだけ欠点があった。

 それは──。


「ごきげんよう。オレのお姫様達」


 この男はとんでもない女誑しであった。


 女性を見たら年齢問わず、褒めて口説き、ファンサービスと称した投げキッスとウィンクで乙女心を掴んで離さない魔性の男。


 しかし、なぜか不思議と不祥事は聞かず、学園では王族よりも目立ち、不動の人気を博していた。


「朝から可愛いお姫様達の顔が見られるなんて、オレは幸せ者だよ」

「きゃあ~~~~~~~~~~~~~っ!」


 本日も甘いリップサービスで失神する女子生徒が後を絶たない。

 改めて女子生徒相手にファンサービスする彼の姿を目にすると、アシュリーの胸に不安の波が押し寄せてくる。



(なんで私、あんな人にときめたんだろう……)



 予めに彼がどんな人物かは知っていたが、保健室で優しく慰められた時のときめきは嘘ではない。


(こ、これはただのお礼。そう、好きとかじゃなくて助けてもらったお礼!)


 自分にそう言い聞かせながら、小さな紙袋を握りしめた。

 しかし、カインに近づくためには大きな壁が存在する。


「ちょっと貴方達! もっと下がりなさい! カイン様と殿下達が通れないでしょう!」


 そんな勇ましい声と共に現れたのは、彼のファンクラブだ。

 親衛隊と名乗るそのファンクラブは、カインや第三王子とその友人達が有意義に過ごせるよう、学園の治安に一役買っている。今も親衛隊が目を光らせており、彼らに近づけないように人間バリケードを形成している状況だ。


 聞く話によると、だいぶ苛烈な女子生徒が集まっているらしく、彼女達にまで目を付けられたらアシュリーの学園生活は終わりだ。


(私、渡せるの⁉)


 ただお礼を渡したいだけなのに、アシュリーは命の危機を感じるのだった。

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