灰より出でし余燼の魔女
こふる/すずきこふる
第1話 ファーストコンタクト
アシュリーは王都の学園に憧れていた。
制服のデザインが可愛く、姉が袖を通した姿を見た時は、ぐっと大人びて見えたのだ。
姉に次いで兄も王都の学園に入学し、学校で知り合った友達や学校行事の話を聞く度に、その憧れはさらに増す。
実家のグラバー家は、仕事人間の巣窟のようなところだ。
一応、伯爵位を持つが、両親は仕事以外で社交界に出席するところを見たことがないし、お茶会もいわずもがな。
おまけにアシュリーは姉の進学と同時に領地を出たので、親戚を除いた同年代の友達は皆無である。
アシュリーが姉や兄のように自分も友達を作って楽しい学生生活を送りたいと願うのも、無理もなかった。
そして、とうとうアシュリーが王都の学園に入学する年。
頑張って手入れした銀髪を結い、姉に簡単なメイクを教わり、お洒落にも気を遣った。
友達をたくさん作って、楽しい学生生活を送るぞ!
そう、意気込んでいたアシュリーだったのだが……。
「ねぇ、アシュリー。次の魔術理論の授業さ、あなたのノートを貸してくれない?」
入学して早二か月。
アシュリーはいじめっ子に捕まった。
相手は伯爵家のご令嬢、ニーナ・ヴァレンタイン。
この学年で幅を利かせている派閥の一角である。
なぜか彼女達に目を付けられ、今もこうしてニーナとその愉快な仲間達に階段の踊り場で取り囲まれている。
「えっ……でも、次は持ち込みのテストで……」
「はぁ~⁉ ニーナ様の言うことが利けないっていうの⁉」
「燃えカスのアシュリーのくせに、生意気言ってんじゃないわよ!」
一歩前に踏み込みながら、恫喝にも似た文句を浴びせてきた。しかし、どんなに凄まれても彼女にノートを渡すわけにはいかない。
アシュリーがぎゅっとノートを握りしめると、ニーナがそっと肩に触れる。
「アシュリー、お願~いっ! 写させてもらうだけでもいいから」
「で、でも……前回はそう言って返ってこなかったし」
アシュリーがそう口にすると、ニーナの顔から表情が消えた。
輝きを失ったニーナの目が、アシュリーを見下すように見つめる。
「ああそう。じゃあ、いいわ」
とんっ、と軽く押され、アシュリーの身体が傾いた。
(あっ……)
後ろに出した足が床につかないと気付いた時にはもう遅かった。
身体は重力に逆らえず、まるで吸い込まれるように大きく後ろに倒れていく。
咄嗟にアシュリーは手を伸ばすが、その先にいた三人は──ただ笑っているだけ。
(う、嘘でしょ⁉)
叫びたくても、突然のことで声も上げられない。
階段に叩きつけられる衝撃を想像して、アシュリーは強く目を瞑る。
(だ、誰か、助けて……!)
心の中でそう叫び声を上げた時だった。
「よっと……」
そんな軽い調子の声を共に訪れた衝撃は、決して悪いものではなかった。
アシュリーが恐る恐る目を開けると、真っ先に青い瞳を目が合う。
まるで深い海のような瞳と柔らかな夕焼け色の髪。生き人形かと思うほど整った顔立ちの少年は、アシュリーに甘く微笑んだ。
「天使が落ちてきたのかと思った」
(⁉)
恋愛小説でしか聞かない言葉が少年の口から飛び出し、アシュリーは目を白黒させてしまう。
そんなアシュリーを他所に、彼は一度階段を見上げた後、ゆっくりと階段を降り始めた。
「あっ! その、私、授業がっ!」
「その前に保健室でしょ」
やけに淡々とした口調で言葉を返されたが、アシュリーはそれどころではない。
彼のおかげで階段から怪我はしてない。それに次の授業はテストなのだ。
前回、ニーナのせいで散々な結果だった。ここで挽回しなければならない。
「そ、それに私、別に怪我もしてないし……」
「してるでしょ、怪我」
「え…………」
思いがけない言葉に呆然と彼を見上げると、どこか労わるような目を向けられる。
「階段から落ちそうな目に遭って、怖かっただろう? なんでそうなったかは、知らないけど。そんなメンタルで受けて大丈夫なの?」
「そ、それは……」
怖かった。怖かったに決まってる。
軽く押されたとはいえ、階段から落とされるなんて思ってもなかった。
ずっと楽しみだった学生生活だったのに。目をつけられて、嫌がらせされて。
そう思うと、アシュリーの目に熱いものが込み上げてくる。
「…………保健室で休みな」
小さく嗚咽を漏らしながら、アシュリーは静かに頷くのだった。
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