光と希望
天照うた @詩だった人
本編
ザクッ、ザクッ
今日も私たちは戦っている。
本来は一生持つことだってなかっただろう剣を持ち、一生しなかったであろう人殺しをしている。
2XXX年、日本の平和理念は破られ、海外との戦争が始まった。
今は私たちのような女まで戦争へと駆り出されている。
残酷なことだ。私たちが何をしたというのか。何を以て“何か”のために命を差し出さねばならないというのか。
幸いというのか不幸というのか、日本は強かった。
最先端の科学技術を用い、次々と強力な武器を生み出していった。小柄な体格が多かったが、それも薬によって補うことが出来るようになった。
しかし、日本よりも強い国などたくさんある。
まだ静観しているだけだ。調子に乗って宣戦布告などしようものなら、すぐにぺちゃんこに潰されてしまうことだろう。
―・―・―・―・―・―・―・―
私は人を殺す。
生きるためにしなくてはならないものだから。殺すしかないから。
人の喉を割く感触はいくら体験したって気色が悪い。毎回手が震えて、目尻に涙が浮かび上がってくる。
でも、そうしなければ生きていけない。私たちは、人を殺すことによって国から金を得る。これが、“仕事”なのだ。
私には齢三つの子どもがいる。名前を光希という。
光希の父親……私の夫は、もういない。二年前、敵地で
それから、働かなくてはならないと思った。
今のままでは戦争で死ぬより先に金が尽きて餓死する。あの子のために、私は報酬の多い兵士という仕事を選んだ。もし私が死んでも、私が遺したお金であの子が生きていけるように。
私は幼い頃から大きな身体をしていたから、腕っ節にも自信があった。
幸いにも、私が担当する区域はその当時住んでいた場所の近くだった。任せる人もなにも誰も信用できなかったので、その付近にあった空き家にふたりで住むことにした。
今日も玄関の横に置いてある剣をそっと鞄の中に入れる。
もっとお金を出せば強い武器が買えるけれど、私にはこれが手一杯だ。
その時、光希が二階から眠そうな目をこすりながら降りてきた。かわいい姿に自然と頬が緩んでしまうが、それと共に申し訳なさが
「光希、今日もいい子で待っててね」
「うん……。いってらっしゃい」
光希にはこの仕事の内容を伝えていない。
もう少し大人になったら、大人になったら……と先延ばしにしているが、一体いつ伝えようか。光希が私のことを嫌いになったら、と思うと伝えようにも伝えられない。
でも、光希は薄々この状況を察しているようにも見えた。最近、「いってらっしゃい」の挨拶が少し暗い気がしたから。
――仕事に、余計な雑念を持ち込んじゃいけない。
私はドアを閉めた後、パチンと両手で頬を叩いた。
――その時は考えもしなかった。
玄関の鍵を閉め忘れていたことが、あんなにも大事になるだなんて。
―・―・―・―・―・―・―・―
「ふぅっ、一人目完了……!」
仕事に雑念を持ち込んじゃいけない。これは私自身のルールだ。
どれだけ辛いことがあったって、敵が手加減してくれるわけじゃない。常に本気で挑まなきゃ。
息を吐いていると、すぐ後ろに気配がした。
さっと立ち上がってターンするとそこには荒い息を吐いた敵が一人。
……もしかしたら、私が殺しちゃった人が大切な人だったのかな。
そう考えると、攻撃の手を緩めてしまいそうになる。申し訳ないって気持ちでいっぱいになってしまう。
剣を握り直して敵を見据える。
身長は私と変わらない。男性としては小さい方かも。目新しい武器も持っていない。
これならいけるっしょ、と相手の心臓を目指して剣を突き出した……その時だった。
「……ママ、何、してるの?」
「っ、光希っ!」
……光希。
やってしまった。なんで、今のタイミングで。
横から出てきた光希によそ見をした私を、敵は容赦なく撃つ。必死に身体を反らしたけれど、パァン、と乾いた銃声がして、私の左の二の腕に衝撃が走った。
「ママ!」
「逃げて、光希!」
傷口を右手で押さえても、その間から止めどなく赤い液体が流れる。それを見て息を呑んだ光希が、へたりとその場に座り込んだ。
その瞬間、敵の視線がぎろりと光希に向けられた。そのあと、にたりと口が微笑みの形へと変わる。
……このままじゃ、光希がやられる。
腕を撃っても死なない私より、その弱点であり、弱い光希を狙うに決まってる。
やだ、やだ、やだ。あの子は希望の星だ。私の光だ。私たちの希望だ。
「おい、そっち狙うなよ」
思っていた数倍、どす黒い声が出た。
剣を地面に刺して身体を起こす。何かが湧き上がってくるように、燃えるように心が震える。
でもどこか冷静な部分があって、少しだけ面白くなってきた。
「まず、私を殺してからにしなよ」
片足に力を溜めて、一気に駆ける。
男がおびえるようにこっちを見てくるが、可哀想なんて感情沸いてこない。沸いてくるわけもない。
しっかりと頭に狙いを定めて……撃った。
辺りには乾いた音がこだまして、男が倒れる。
そこには、光希だけが残った。
「……ごめんね、光希。ママ、こんなことしちゃって。危ない目に合わせちゃって、本当にごめんなさい。私、本当に母親失格だね」
「……っ」
光希は、小さな身体で震えていた。私が手を伸ばすと、小さな悲鳴を上げて身体を反らす。そっと差しのばした手を引っ込めて、じっと見つめた。
……私は化け物なのだろうか? 人を殺すことを快感にだなんて思ったことはないし、毎回おびえている。でも、この行為を止めることの出来ない私は化け物なのだろうか。何にも愛してもらえない、ただただ、孤独な。
自然と涙が盛り上がってきた。私は何のためにこんなことをしているんだろう? 光希を守るため? そんな、私は現にあの子に遠ざけられたというのに。
バカだ、私。他の仕事でだってお金を稼ぐことは出来た。何があの子に一番いいのか、なんて考えていなかった。
光希は、とうとう泣き始めた。大粒の涙が止めどなく溢れる。地面のコンクリートがさらに濃いねずみ色へと染まっていく。
あぁ、もう私はとっくに“光希の母親”なんかじゃなかった。だって私は、今のあの子を泣き止ませる術を知らない。それに、あんな顔をさせてしまったのは私のせい。私が、私が全部。
その時、視界の隅に黒光りする何かが映った。
――拳銃だ。さっきの男が、持っていた。
地を這うように動いて、それを手にする。軽く動かして、動きを確認する。
そして、重い左腕を添えて自分の首に当てた。ひんやりとした感触が心地いい。
「……ごめんね」
きっとあの子は自分だけで生きていける。
お金も十分ある。優しいいい子に育った。頭もいい。
未来を変えられるのは光希の世代だ。
こんな馬鹿馬鹿しい世界なんて覆して、新しい世界をつくってほしい。
「光希は私たちの、希望だから」
――きつく目を瞑る。
力を込める。
……乾いた音が、聞こえた。
「僕、やだよ」
「……光希」
発射された拳銃は、いつの間にか下に落ちていた。
「ママがこんなことしてるなんてしらなかったし、こわい。だけど、ママがいてくれないとやだよ。僕を、ひとりにしないでよ!」
――力が抜けた。
私がこの子の気持ちなんて、わかるわけないんだ。家族って言ったってどうせただの他人で、意思疎通なんて出来ない。思いは口に出さないと伝わらない。
わかってなかった、全部。
両手を広げると、光希がそっと私に体重を預けてくれる。
その重みが、温かみが、腕にこぼれ落ちる雫が、全て愛おしかった。
私の左腕からしたたり落ちる赤い液体が、光希の服にじわじわと広がっていく。そんなのもお構いなしに、光希は私の腰に手を回した。
右手で恐る恐る頭を撫でる。光希が、とろけるような笑みを浮かべた。
―・―・―・―・―・―・―・―
私は兵士をやめた。充分お金は貯まっていたし、続ける意味もないと思ったから。
光希はもう七歳になった。背も大きくなって、頭も更によくなった。私たちの子どもとは思えないくらい良い息子に育ってくれた。
さて、日本はいまだに戦争を続けている。いつになったらこれは収束を迎えるのか、だれにもわからない。
そんな今の日本を変えてくれるのは光希の世代であると、私は信じている。
光希の今の夢は“そうりだいじん”だそう。今なお続く戦争をやめさせて、ひとりでも多く誰かの命を救いたいそうだ。
きっと未来は変わる。
私たちに、光と希望はある。
光と希望 天照うた @詩だった人 @umiuta
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます