第7話 (最終話) 帰還の選択と、残された道

 エルパラディス王国での一件が鮮やかに解決し、我々 ”チーム会社員” にとって、ついに元の世界、日本へ帰還する時が訪れた。


 ハルモニア国の熟練した魔術者たちが、魔王城の広大な広間に、複雑極まる送還魔法陣を丹念に描き出していた。その床一面に広がる神秘的な図形は、この世界の魔法文明の粋を集めたかのようだった。そして、その魔法陣の要となる「時空魔法石」が、細心の注意を払って定められた位置に配置されていった。すべての準備が滞りなく完了すると、総指揮を執る魔術師が、大きく深く息を吸い込んだ。その厳粛な空気が、これから起こる出来事の重大さを物語っていた。


 「これで、お戻りになれます。ただし……」


 魔術師は、我々の顔を一人ひとり、まるでその魂まで見通すかのように、真剣な眼差しで見つめた。その言葉に、我々の胸には期待と同時に、漠然とした不安がよぎる。


 「ただし、何ですか?」


 山田が、この緊迫した状況でも冷静さを失わず、先を促した。彼の表情には、故郷への帰還を目前にした希望と、未だ明かされない条件への緊張が入り混じっている。

 魔術師は、その重い口を開き、静かに告げた。


 「この送還魔法陣は、召喚された者を元の世界へ確実に送り返すことができます。これは、我々ハルモニア国の最高峰の秘術です。しかし、一つだけ、避けては通れない条件があります。召喚された者の内、誰か一人は逆召喚魔法陣の外に留まる必要があります。そうしなければ、魔法陣そのものが不安定になり、時空の裂け目に飲み込まれてしまう危険があります。」


 その衝撃的な言葉が、広間に重苦しい沈黙をもたらした。まるで時間が止まったかのようだ。誰か一人が、この世界に犠牲として残らなければならない。

 それはまさに、あの有名な倫理的ジレンマ、"トロッコ問題" と同じ状況ではないか。一人の犠牲で、残りの全員が助かる。しかし、その一人を誰が選ぶのか、そして、誰がその選択を背負うのか。あまりにも残酷な問だ。


 「私が残ります。」


 山田が、その重い沈黙を破るように、静かに、しかし揺るぎない決意に満ちた声で言った。


 彼の言葉には一切の迷いが感じられない。


 「このチームの責任者は私だ。それに……」


 山田は深呼吸し、川本、海野、風間の三人を、一人ひとり、まるで彼らの存在を心の奥底に深く記憶に刻み込むかのように、じっと見つめていた。そして、これまで決して明かされることのなかった、衝撃の事実を告白した。


 「実は、異世界転生者なんだ。ずいぶん昔、別の世界から、気づいたらこの世界にやってきていた。だから、ここに残ることに、それほど抵抗はない。」


 彼の口から語られた真実に、三人の顔には驚愕の色が浮かんだ。


 「えっ!? 山田課長もいらっしゃったんですか…!?」


 風間が、信じられないといった様子で、震える声で言った。


 「俺も、実は……目が覚めたら日本でした。ずっと隠してましたけど。」

 

 川本が、ばつが悪そうに、しかし山田への理解を示すように口を開いた。


 「僕も、子供の頃に……大きな事故に遭って、目覚めたらこの日本でした。だから、賢者の書に没頭できたのかもしれません。」


 海野も、眼鏡の奥の瞳を潤ませながら続けた。


 まさか、こんな形で、チームの全員が異世界転生者だったという、奇妙な、しかし深い秘密が明らかになるとは。この異世界で偶然出会い、共に困難を乗り越えてきた仲間たちが、まさか同じ境遇を背負っていたとは。互いの顔を見合わせ、それぞれの境遇を理解し、その一瞬にして、言葉では言い表せないほどの深い絆が生まれた。それは、単なる同僚という関係を超えた、運命的な繋がりだった。


 「みんな、心配するな。私はここで、日本の技術を活かした魔道具開発者として、新しい人生を歩むつもりだ。この世界も、まだまだ面白いことがたくさんある。」


 山田は、いつもの穏やかで、しかし確かな自信に満ちた笑顔で言った。彼の目には、故郷への未練よりも、この世界で新たな挑戦を始めることへの、揺るぎない期待と輝きが宿っていた。


 川本、海野、風間の三人は、それぞれ山田に深く頭を下げました。その別れは、涙なしには語れなかった。


 「山田課長…いえ、山田さん! 必ず、元の世界で、この異世界の経験を活かします! そして、いつか、きっとあなたに胸を張って報告できるように、精一杯頑張ります!」


 川本が、男泣きしながら力強く言った。


 「僕も、この世界の魔術と科学の融合、きっと実現してみせます! 研究の成果は、いつかこの世界にいる山田さんに届けてみせますよ! 絶対に!」


 海野が、知的な好奇心と友情の念に目を輝かせながら誓った。


「山田さん、お元気で…! また、いつか…! 私たち、忘れませんから…!」


 風間は、もう涙をこらえきれない様子で、山田の手にそっと触れた。


 送還魔法陣が、再び眩い光を放ち始めました。その光は次第に強さを増し、轟音と共に三人の姿を包み込んでいく。光の渦が最高潮に達した時、山田は笑顔で小さく手を振った。


 光が収まると、川本勇人、海野賢作、風間聖花の三人の姿は、そこにはなかった。彼らは無事に元の場所、元の時間に戻ることができた。


 異世界に留まった山田淳造は、広大な魔王城の広間に一人たたずんでいた。彼の ”異世界での会社員生活” は終わりを告げましたが、日本の技術とこの世界の魔術を組み合わせた、誰も見たことのない革新的な魔道具の開発に情熱を燃やす


 "異世界での発明家生活"


が、今、まさに始まったのだ。彼の視線の先には、この世界での無限の可能性と、新たな物語が広がっている。彼は、きっとこの世界で、また素晴らしい仲間たちと出会い、新たな


 "プロジェクト"


を立ち上げることだろう。

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会社員召喚 ~ 異世界へ強制出張?帰れるの? n@t @phantom24

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