第39話 にぎやかな港町と不穏な噂

 ――新緑が真夏の陽射しを受けてきらめき、学院の中庭を抜ける風はさらりと心地いい。

 気温もぐんと上がり、袖をまくって歩く学生の姿があちこちで見える。


 実技演習じゃ、ナタリー先生の監督のもとで探索者協会からの依頼をこなしながら、オレたちも少しずつ経験を積んでいった。


「スカイ、今日の講義サボろうとか思ってない?」


「そ、そんなわけないだろ!」


 マイルのジト目に、オレは慌ててノートを取り出す。

 

「昨日、レオンと一緒に夜中まで騒いでたの知ってるんだからね!」


 横でアヤナはくすっと笑い、当のレオンは大あくび。完全に反省の色なしだ。


 ノクティはといえば、夢の中でご飯と格闘中らしい。

(う〜ん、テリヤキ……もう入らない。むにゃむにゃ……)


 ◇◆◇


 ――そんな、平穏な日々を満喫すること数ヶ月。


「なあレオン。パンツァーの強化、いつ頃終わるって?」


 オレはグライ工房で整備中のレオンの愛機について話を振った。


「ああ、今週中には仕上がるって聞いてるぜ」


「じゃあさ、週末みんなで工房に見に行かないか?」


「うん、行きたい!」


「私も賛成です」


 オレの提案に、マイルもアヤナも即答だ。


「決まりだな」


 レオンも肩をすくめながら同意し、週末の予定はあっさり決まった。


 ◇◆◇


 ――週末。

 さっそくオレたちはグラン工房に向かった。


 いつもなら作業を始めている時間なのに、ガレージには工房長の姿がない。

(めずらしいな……どこ行ったんだ?)


「工房長ー! いますかー!」


「そんなに叫ばんでも聞こえとるわ」


 奥に向かって声を張ると――扉が開き工房長が顔を出した。


「……なんだ、お前たちか」


「パンツァーの様子を見にきたんだ!」

 レオンが期待に目を輝かせる。


「それがな……いま作業を止めておるんだ」


「えっ、なんでだよ!」


 レオンが身を乗り出す。オレも思わず口を挟んだ。


「何かあったんですか?」


 工房長は渋い顔で事情を説明してくれた。


 最近、電子部品の納品が滞っているらしい。原因は数ヶ月前に起こった深雲獣事件。軍の討伐で沈静化はしたものの、物流が止まった影響はいまだに続いていて、必要な部品が手に入らないのだという。


「……というわけでな、部品が手に入るまで作業は中断じゃ」


「マジかよ……期待してたのに」

 レオンが肩を落とす。


「状況は確認したんですか?」


「それがなぁ……数日か、数ヶ月かかるのか、いつ入荷するのか向こうも混乱しとるようだ」


 その時だった。ガレージの奥からヴァルガス家当主、ヘクターさんが重厚な足音とともに姿を現す。


「お、オヤジ!? なんでここに……?」


「はあ、何度言えば……まあいい。お前たちと同じよ――パンツァーの進捗を見にきたのだ」


 そして腕を組み、提案してくる。


「自分で調達しに行けばいいではないか、そこまで珍しい部品ではない。カレンポートに行けば見つかるだろう。あそこは貿易都市だからな」


「俺たちが調達に行くのか?」


「そうだ。それにな――あそこは貿易都市だ。ギアベルグの既製品だけじゃなく、オリジナルの部品や飛翔船も多く集まるぞ」


「オリジナルの飛翔船!」


 オレは思わず声を上げてしまった。

 

 するとヘクターさんの視線がこちらに向く。


「ほう、オリジナルの飛翔船に興味があるのか?」


「え、あ……すみません」


「スカイは飛翔船マニアだからな」


 レオンが茶化すように言い、マイルまで同調する。


「ほんと、飛翔船好きよね」


 ヘクターさんは破顔して、ガシッとオレの肩を叩いた。


「そうかそうか! なら今度、飛翔船について語ろうではないか!」

 ……ああ、この人も、飛翔船が大好きなんだろうな。


「どうするんだ、レオン?」


 オレは思わずキラキラした目で聞いてしまう。


「はあ……わかったよ。俺も最近、平和すぎて少し退屈してたしな」


「よしっ、決まりだな!」


「マイルとアヤナは?」


 オレが振ると、二人は顔を見合わせてから同時に答えた。


「もちろん行くわ。私も行きます」


 即答だ。二人もやっぱり、少し退屈してたのかもしれないな。


 ――昼食を終えたオレたちは、工房長から必要な部品のメモを受け取り、そのままカレンポートへ向けて飛び立った。

 学院からカレンポートまでは、飛翔船でおよそ五時間の距離だ。


「レオン、機体の調子はどうだ?」


 レオンのパンツァーは改良中のため、今日はバルガス家の飛翔船を借りてきている。


「パンツァーに乗る前に使ってた機体だ。問題ねぇよ」


「なら安心だな。――そういえば二人はカレンポートに行ったことあるのか?」


「俺は無いな」


「わたしはあります。レースの遠征のときに立ち寄りました」


 レオンは無いけど、アヤナは行ったことがあるみたいだ。


「アヤナちゃん、どんな所なの?」


「とても賑やかでしたよ。人もお店もいっぱいで、飛翔船の停泊も多かったです。それから……ミミンが街にたくさんいました!」


「ミミン!?」


 マイルが即座に反応する。


 ミミンというのは、耳と尻尾が長く、くりっとした瞳が特徴の小動物だ。とても人懐っこくて、ペットとして大人気。

 案の定、女子二人はミミンの話で大盛りあがり。


(……なんかノクティが不機嫌そうに見えたのは、気のせいだよな?)


 ――やがてオレたちの飛翔船はカレンポートの空港にやってきた。


 視界いっぱいに広がったのは、雲海に浮かぶ巨大な港町。

 真っ白な雲を切り裂くように伸びた桟橋には、無数の飛翔船が停泊していて、空のあちこちで発着の光が瞬いている。


 並んでいるのは大小さまざまな船――しかも見慣れない形が多い。オリジナルの船だろう。見ているだけで胸が高鳴った。


「うわぁ……すっごいにぎやか」


「さすが貿易都市だな。これだけの数の飛翔船が出入りしているなんてな!」


 マイルもレオンも興奮気味で、声が弾んでいる。


 港の周囲には市場や屋台が立ち並び、人々の声と香ばしい匂いが雲の流れに乗って漂ってくる。

 耳をぴょこんと立てたミミンの群れが通りを駆け抜け、行商人が声を張り上げる。

 既に日は傾き始めているのに、街は昼間のような活気にあふれていた。


「これがカレンポートか……なんか空気も、ギアベルグやアストリアとは違う気がするな」

 

(なあ、この匂いは初めてだな。……絶対うまいぞ!)


 ノクティもいつもの調子だし、ひと安心だ。


 女子二人は、早速ミミンに夢中だった。空港の荷物の上にちょこんと座るミミンに、餌をあげようとしている。


 一方レオンは――なぜか露店のアイドルグッズに夢中だ。


「おおっ、これ! 最近発売されたばっかのイメージビデオじゃねーか!」


(おいレオン、お前……アヤナ親衛隊じゃなかったのか? アヤナ見てるぞ……)


 まぁ、なんだかんだでみんな楽しそうで良かったけどな。


「よし、それじゃあオレも飛翔船を――」


 ――そう言いかけた時。


「おい、また出たってよ」


「おいおい、今月に入って何度目だ?」


「探索者協会には依頼出してあるんだろ?」


「ああ。そうなんだが、なかなか尻尾を掴ませないみたいだな」


「くそっ、“空賊”のせいで商売あがったりだ!」


 そんな商人たちの会話が聞こえてきた。

(えっ、空賊がいるのか?)


 ――遠くで鐘が鳴り響いた。

 それはただの夕暮れを告げる鐘か――それとも、本当に“騒動の始まり”を知らせる合図なのか。

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