第6章 《カレンポート騒乱編》

第38話 学院の日常、再び

 ――数日後。

 オレたちはしばらくぶりに、アストリア飛翔学院に戻ってきていた。

 朝から学院の講義に出るのは本当に久々だ。


「……やっと日常に戻ったって感じがするな」


 講堂に足を踏み入れると、すでに沢山の生徒が集まっていた。


 アヤナがしずかに机に座り、カバンから教科書を取り出す。

 表情からも楽しみにしているのがわかる。

 アヤナにとっては、初めての講義だしな。


 ――講師が講堂に入ってくると講義が始まった。

 講師が淵獣の特性について解説し始めると、マイルが教科書を広げ小声で話しかけてくる。


「……ねえスカイ、せっかくの講義なんだから、ちゃんとノート取るのよ」

「わ、わかってるって!」


 マイルの世話焼きも久しぶりだな……と思いながら慌ててペンを握り直す。


 そんなオレの横では、アヤナは真剣な表情でメモを取り続けている。

 さすがアヤナ……初めての講義なのに全く問題ないようだ。


 一方、レオンはというと開始数分で船を漕ぎだしている。

(まったく、追試になっても知らないぞ……)


 ◇◆◇


 午前の講義が終わったので食堂へ向かう。

 そこでは、学生たちがワイワイと騒ぎながら食事をしていた。


 すると、レオンが大げさに腕を組み、わざとらしく鼻を鳴らす。


「うーん……久々に“学生してる”って気分だぜ」


「レオンは数分で寝落ちしてたけどね」


「ぷっ」


 マイルの突っ込みに、アヤナが小さく吹き出している。


「おい! 俺は考えてただけだ!」


「夢の中で、でしょ?」


「ぐっ……」


 講義中のそんなやり取りも、どこか懐かしくて――オレも思わず口元が緩んだ。


「ねぇねぇ! そんなことよりあの新しいパフェ頼んでみない?」


「え? お昼だぞ?」


 マイルがトレーを手にキラキラした目を向けてくるが、オレは呆れ顔で首を振る。


「いいでしょ! 学院生活の醍醐味だよ!」


(俺様はテリヤキだ! テリヤキを出せ!)


「ちょ、ノクティ! 大声出すなって!」


 ノクティが指輪の中からわがままを言と、周囲の生徒が「なに?」とざわめき始めてしまう。

 オレが慌てて制止するけど、時すでに遅し。

 周りの学生たちがチラチラこっちを見ている。


「て、テリヤキ……く、食いて〜なぁ……あ、ははは」


「ぷっ……!」


 レオンが慌ててノクティの真似をするのを見て、アヤナが笑いをこらえきれず吹き出した。

 その瞬間、周りの学生たちの視線が一斉にアヤナを向き、ざわめきが広がっていく。


「ねえ、あれって……」


「アヤナさんよね?」


「あ、ほんとだ。なんかニュースになってたけど大丈夫なのか?」


「……っ!」アヤナが恥ずかしそうに頬を赤らめて俯く。


(もう、ティーちゃんのせいで目立っちゃったじゃない……)

(あとでテリヤキサンドあげるから今は我慢してね)

 マイルがノクティをなだめるけど、「絶対だからな! 大盛りだぞ!」などと言って反省の色は無いみたいだ。


 笑い声とざわめきが溶け合う食堂の中で――久しぶりの平穏な学院生活を感じられた。


 ――午後の講義を終えたオレたちは、久しぶりに街へ繰り出す。

 マイルとアヤナは並んで歩きながら、楽しそうにあちこちの店を覗いている。


「じつは……こうして友達と街を歩くの、初めてなんです」


「そっか。アヤナちゃん、有名人だもんね」


 確かに、アヤナはかなりの有名人だ。加えて、流れるような黒髪はこの街では目立つ。

 そこでマイルと相談した結果、今日は髪をアップにまとめ、大人びた雰囲気にしているんだけど……。


(たしかにファンの視線は減った……けど、なんか逆に男連中の目を集めてないか?)


 自称アヤナ親衛隊のレオンが、声を掛けてこようとする男たちを睨みつけては、片っ端から追い払っている。それを見ながらアヤナは困ったように微笑むけど、どこか楽しげだ。


「有名人って、ちょっと憧れてたけど……今のを見ると、やっぱり大変そうだな」

 

 アヤナは「そうでしょ?」と言いながら苦笑いを浮かべている。

 ……その笑みには、照れと疲れが混じっているように見えた。


「アヤナちゃん。あの服かわいいよ!」


「ほんと、最近流行りの服ね」


「ねえ、見ていかない?」


「えっと、でも……」


 そう言って二人がこちらをチラっと見る。


「行ってきなよ。オレたちも適当に見て回るから。一時間後にここ集合でどうだ?」


「そうしよ、アヤナちゃん」


「ええ……じゃあ、一時間後に」


 アヤナはマイルに手を引かれて、少し照れくさそうに店へ入っていった。

 さて、オレは本屋で最新の飛翔船マガジンでも探すかな。


「レオンはどうする?」


「さっき気になる店があったんだ。ちょっと見てくる」と言って人混みに消えていく。


 ◇◆◇


 ――一時間後。


 オレは服屋の前に置かれた大量の荷物を前に立ち尽くしていた。


「……おい、なんだよこれ」


「えへへ、ちょっと買いすぎちゃった」


「あ、あの……ごめんなさい。つい……」


 マイルが笑ってごまかし、アヤナも気まずそうに俯いた。

 眼の前に広がるのは、紙袋の山。足元が見えないくらいに積み上がっている。


「はぁ……どうすんだよこれ」


「俺に任せろ!」

 レオンがどんっと半分の荷物を肩に抱える。やけに得意げな顔だ。


 残りを持ち上げようとしたマイルが、ちらっとオレを見ながら、「女の子に荷物を持たせて、男子が手ぶらってどうかと思うな」などと言ってくる。


「いや、買い込んだのはマイルだろ」


「スカイのごはん、いつも作ってあげてるよね?」


「はあ、わかったよ」


 ずるい論法と一緒に紙袋を押し付けられた。

 観念して腕に引っかけると、今度はアヤナまでおずおずと袋を差し出してきた。


「お、お願いします……」


 ……照れた顔で上目遣い。これは断れない。

 結局、両手いっぱいに抱えた紙袋で、身動きが取れなくなってしまう。


(まったく……戦場よりこっちの方が重労働なんじゃないか?)


 けど横を見ると、マイルもアヤナも楽しそうに笑っていて。

 まあ……こういうのも、悪くないか。

 そう思えた。

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