02.互いの私的空間に対し、過剰な干渉を控えることが同居生活を長引かせる秘訣なのだ。

 少女は、ここと名乗った。


 年齢はわからない。ちっこいから小学校低学年くらいかと思ったが、体形も貧相に痩せているし、口調は落ち着いているので、もしかすると小学校高学年か、ひょっとしたら中学生だったりするのかもしれない。

 本人にけばわかるだろ、と思われるだろうが、俺は幼い頃から「女性に年齢を尋ねてはならない」という母親の教えを厳格に守って生きてきたし、相手が子供だからといって勝手にその規則ルールの例外にしてしまうのは、失礼というかしつけというか、褒められないことのように感じるのだ。


優助ゆうすけさん、っていうんですね。お邪魔しちゃって、すみません……」

 とここは申し訳なさそうに言う。


 そんな風にしおらしくせず、もう少し子供っぽく振る舞えばいいのに、などと俺は思ってしまったが、目の前にいる実際の子供――幽霊ではあるが――を差し置いて大人の俺が子供らしさを語るのも烏滸おこがましいし、そういう印象イメージの押し付けは俺の好みではないので、とりあえず、

「気にすんな。俺は別に、何も困らん」

 と短く答えておいた。


 もっと愛想のいい態度ができないのかこいつは、と自分で自分を叱りつけたくなるが、ここで俺が「カワイコちゃんがずっと部屋にいるなんてご褒美でしかねえだろ!」とかなんとか叫んだりしようものなら悲鳴、通報、逮捕のRTAが始まることは想像にかたくないので、このくらいが妥当な距離感というか、まあ大目に見てほしい。

 いや、幽霊相手に法律が機能するのかは、よくわからないが。


 何も困らん、と言ったのはあながち嘘でもなく、部屋に招くほど仲のいい友人に心当たりがない孤独にして孤高の俺にとっては、部屋の隅に幽霊の一人や二人がいたとて、何のトラブルにも繋がる心配はないのだった。

 あえて問題点を挙げるとするのであれば、紳士の紳士による紳士のための紳士的な行為を行う空間が失われてしまった点であるが――、いや、これ以上は何も言うまい。賢明な読者諸氏には推察できることだろう。ただし、いかに欲求が溜まろうとも、俺はここの前でそのような行為にふけるほど恥知らずな男ではない、という事実は俺自身の名誉のために強調しておく。


 ここがなぜ俺の部屋に現れたのかはわかっていない。生前、この部屋に住んでいたんだろうか。この辺りも本人の口から聞ければ簡単にわかることなのだが、どの程度、俺のほうから踏み込んでいいものかはかりかねているのだ。


 まとめると、ここが現れてからも、俺の日常には大した変化がなかったということである。

 ここはいつも部屋にいるわけではなく、よく夜に現れる。だが、最初に出現した日は早朝だったし、昼に出てくることもまれにあるので、出現の時刻は絶対的な法則でもないらしい。


 たまにここが現れると、気まぐれに雑談をする。

 彼女が俺の日常へともたらした変化は、そんな些細なものだった。


「あの……、何、してるんですか?」


 俺がキーボードをカタカタいじっていると、ここはおずおずと尋ねてきた。そんなにびくびくせずとも気軽に話しかけてくればいいのに、と感じるが、これに関しては俺の愛想の側に主な原因があることが明らかなので、わざわざ口に出したりはしない。


「小説を書いてる」

 何一つとして恥じるべき理由はないので、俺は正直に答えた。俺が趣味で書いている小説の大半はエロ・グロ・ナンセンスをたっぷりと詰め込んだイカれた怪文書だが、ジャンルまではかれていないから、何も後ろめたくはない。

「でも、一から書き直しだ。結末がつまらん」


 物語の結末は、冒頭からの積み重ねによって決まる。

 結末がつまらないからって、結末だけ書き直せばいいというものではない。


 俺は物語に“救い”を求めている。

 馬鹿で、邪悪で、欲望に忠実などうしようもない奴らが、救いようのない奴らなのに、それでも勝手に、小さなこうみょうを世界にいだしてしまう。


 そんなくだらないとぎばなしが大好きなのだ。

 だから、途中までは本能のままに書き進められても、さてそろそろ話を畳もうというところで我に返ってしまう。これでは駄目だ、これじゃあ誰も救われないじゃないか、としょう苛々いらいらしてくる。


「……えっと、どんなお話なのか、いてもいいですか?」

 ここが遠慮がちに問いを重ねるので、俺は本能リビドーかたまりである創作物の中から、健全な部分を無理やりちゅうしゅつしなければいけなくなった。


 今日も、夜は長い。

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