第5話 スイスゾンビ 2
廊下の中ほどで火花が散った。
その回数と量は少しずつ増えていった。
先ほどよりも外からの音が近づいているように感じられる。
壁の向こうから、缶詰が膨れ上がるような音が聞こえ始めた。
確実に外の音は大きくなっていた。
外にいる存在たちは、この構造物の中に侵入したのだ。
今にも壁の向こうを這い回っているかもしれない。
天井から火花が降り注ぎ続けた。
ある瞬間、天井で花火のように大きな爆発が起こり、廊下全体が炎に包まれた。
アンネビネは空気の流れを調整し、自分たちを透明化させて火傷を避けた。
プラも傷一つ負わなかった。
二人は周囲を見回した。
天井に穴が開いていた。さっきの爆発によるものだろう。
廊下の端、二足で立つ怪物のいる場所から、さらに複数の存在が這い出してきた。
巨大なヒキガエルのようでもあり、毛のない猿のようでもあった。
そいつらは素早く廊下の端から這い出し、アンネビネとプラに向かって走り出した。
もはや透明化の技は不要のように思えた。
最初から廊下の端にいた怪物も歩み始める。
天井の穴から何かが落ちてきた。
頭は分厚い皮膚のトカゲのようで、体は毛のない犬のような黒い獣。
それは床に着地するや否や、アンネビネとプラに向かって迫ってきた。
廊下の奥からも、数え切れぬほどの獣たちが次々と這い出してきた。
穴からも雨のように降り注いでくる。
アンネビネは「危険な風の刃」という技を繰り出した。
一定範囲を削り取るほどの破壊力を持つ風を、円形に回転させる技だ。
数匹の腕、脚、首が切り飛ばされ吹き飛んだ。
だが数が多すぎた。
このままでは押し潰されると判断した。
アンネビネとプラは背を向けて走り出した。
アンネビネは森に入った時と同じ技「跳躍」を用いた。
彼女はプラを抱えたままロケットのように体を発射させた。
もうすぐでこの廊下を抜け出せる。
そこを出ればすぐ近くに外へ通じる扉がある。
折り返し地点に差し掛かる頃、真っ赤な体の獣が現れた。
それは背丈が二メートルを超えるほど巨大で、筋肉質な人間の男の体に似ていた。
だが頭は盲目のトカゲのように見えた。
一瞬だけ視界に入ったその姿は、背にさらに小さな獣を背負っているようだった。
二足で床を踏み鳴らし、二人の前に立ちはだかる怪物。
その横からも何かが這い出してくる音がした。
道は塞がれた。
アンネビネは鎌の刃に丸い塊をいくつも載せた。
それを作り出した。
そして鎌を廊下の壁に叩きつけた。
壁が砕けた。
その行動は一瞬の出来事だった。
素早く穴を通って外へ出る。
また壁が見える。砕く。
壁が見える。砕く。
それを何度も繰り返すと、ついに陽光が差し込んできた。
構造物から脱出したのだ。
背後からは獣たちの走る、這う音が迫っていた。
外にも数匹の大きな獣が徘徊していた。
アンネビネは「危険な風の刃」を展開し、「跳躍」を使いながら森を抜け出そうとした。
その道中でも、数多の獣を追い越した。
そいつらは皆、目を剥いていた。
すべてトカゲの頭を持ち、体は猿、あるいは人間のようだった。
二足で歩くものもいれば、四足で這うものもいた。
「この森を一刻も早く抜けるんだ!」
「分かっています!」
「数時間で十分だ! 今のように跳躍を使えば!!」
背後からは、気味の悪い獣たちが落ち葉を踏みしめる音が絶え間なく響いてきた。
アヒルとワニの鳴き声を合わせたような声も混ざっていた。
やがて、アンネビネとプラは森の入口に近づいた。
木々の間から警官たちが飛び出した。十人以上。
アンネビネは透明化を使った。
警官たちは蒼白になったが、それも一瞬。
銃を構え、発砲した。
危険だ。
アンネビネはプラを抱え、跳躍した。
警官たちは吹き荒れる烈風を感じ取った。
「そこだァァァッ!!!!」
警官たちは追撃し、銃弾を浴びせかけた。
危険だ。
殺すべきか?
いや、それは賢明ではない。
他者がジュダサを殺す計画に関われば、アンネビネとプラが困難に陥る。
まずは森を抜け、遠くへ逃れるしかない。
地面から木の根が突き出ていた。
それを越えれば森を出られる。
だが越えた瞬間、アンネビネの指一本が銃弾に撃ち抜かれた。
八年前、街でよく見かけた警官たちとは違う。
この八年で世界は大きく変わったのかもしれない。
透明化は解けた。
アンネビネが指を失ったことに動揺する間に、さらに弾丸が彼女の耳と腿を貫いた。
プラも武器を振り回し抵抗したが、片手が蜂の巣のように撃ち抜かれ、押さえ込まれた。
「申し訳ありません。森を少しでも調べた者がいれば必ず確保し利用せよ、という指令があるのです……」
警官たちはよろめくアンネビネと、片手から血を噴き出すプラに手錠をかけた。
今のアンネビネには技を使う余裕がない。
「さあ、あなた方がどんな経路で森を巡ったのか……それを辿って我々を案内していただきましょう……」
後頭部に銃口を突きつけられ、二人は従うしかなかった。
「我々は、この森の奥に“何か”が存在すると知っている……それが何かは聞かされていないが、それに関わった者の瞳は……瞳孔までも緑に染まるそうだ……」
アンネビネとプラの瞳孔は緑に変色していた。
「二日前に森へ入ったのですね? ……答えろ」
「……その通りだ……」プラが答えた。
「森には怪物が棲んでいる。数え切れぬほどの怪物が……」
「おい、我々には銃があるんだぞ! まやかしや農具とは比べ物にならん!」
「その人数では対処できまい」
「さあ……案内してもらいましょうかァァァァァ!?」
計画は狂った。
深刻に狂った。
森の奥深くへと入っていく。
このまま死ぬのか、とプラは思った。
出血が酷く、蹴る力すら残っていない。
怒りと絶望が増すほどに、頭が眩暈を起こした。
今は命令に従うしかなかった。
アンネビネも同じだった。
数時間が過ぎた。
「なあ……本当に合ってるんだろうな?」
「……二日はかかる……」
バキッ。
プラと警官の会話に、何かが割り込んだ。
折れる音。
引き裂かれる音。
そう形容できる音。
皆が歩みを止め、後ろを振り返った。
警官一人、アンネビネ、プラ。
その三人を除き、全員が死んでいた。
十八人の警官は地面に倒れていた。
彼らの頭は小さな怪物に覆われ、食い荒らされているものもいた。
さらに一人の死体は、何かに掴まれていた。
それは巨大だった。
森の中にその体を隠せるものなど存在しなかった。
それは人の体を片手で押し潰していた。
怒ったように口と鼻から烈しい風を噴き出し、二足で立っていた。
グルルルルル……
怪物が唸った。
怪物が咆哮した。
その巨大な毛のない獣は、生き残った三人に向かって飛びかかった。
To Be Continued....
アンネビネの拳法(どこで学んだかは秘密)
風幅拳
跳躍
最大100メートルの高さまで跳び上がり、そこから狙った地点へ体を投げる技。
瞬間移動のように見える。
透明化
光の屈折を操り、自らを透明にする。
安全な風の刃
レーダー網を作り出す。
危険な風の刃
半径2メートル以内のものを切断する。
蒸気コーティング
物体を現実離れした厚さの蒸気で覆い、破壊力を高める。
拍手
風を弾丸のように撃ち出す。
喝采
6番の「拍手」が拳銃のように風を放つなら、喝采は機関銃のように連射する。
散弾銃
蒸気で丸い塊を作り、指先から弾き飛ばす。
拍手より強力だが、準備に時間がかかる。
冷却
周囲の空気を冷たくする。
扇子の代わりに使える。
剥奪
相手の周囲の空気を最大限に自分の体内に取り込み、相手を窒息させる。
時間が非常にかかるため、捕らえた相手への拷問として用いられる。
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