第4話 スイスゾンビ 1

この時代において、普通の肉体ではそんな劣悪な武器で一年以上も耐えることはできない。





























数秒前まで、プラの目の前にはアンネビネがいた。

ホルノさんはどこにいる!? とプラは思った。

そして、自分の思考をそのまま口にした。

「…………私はまだ、あなたの目の前にいるのよ……」

かすかにアンネビネの声が聞こえた。

地面に足跡が現れた。

「……身体に強い風を纏わせて……光の屈折を操って……姿を隠す……私だけの……技術……」

アンネビネは透明になっていた。

「も……っと……近くに……来て……」

プラは声のする方へ数歩進んだ。


シュウウウウウッ、

プラは台風に吸い込まれるような感覚を覚えた。

しばらくして、プラの目にアンネビネの姿が映り始めた。

「……私が手を放していいと言うまで、絶対に離さないで」

声はもうはっきりと聞こえていた。

「何を……なさるおつもりですか?」

「森へ突っ込むのよ」

「…………」

アンネビネがプラの片手を掴んだ。

プラもアンネビネの片手を掴んだ。


シュンッ。

アンネビネが烈しい風を巻き起こし、跳躍した。

瞬く間に警官たちの正面、約50メートル先に着地した。

実質的にプラはアンネビネに掴まれ、ぶら下がっている状態だった。

手を離そうとしても離せなかった。


警官たちは一定間隔で並び、森を守っていた。

アンネビネは猛然と走り出した。

瞬く間に警官たちを通り抜け、森の中へと突入することに成功した。

「???」

突然の強風に近くの警官たちはただ呆然とするだけだった。


アンネビネはプラを引き連れ、森の奥へ、さらに奥へ、暗闇の中へ進んだ。

数時間が過ぎた後、ようやくアンネビネはプラの手を放した。


「……その透明になる能力は、一体どうやって習得なさったのですか?」

「……知ってるでしょ。この国は平民と貴族の差が大きい。学んだ量の違い、そう思ってちょうだい。風を……空気を操る技術をいくつも学んだわ。それ以上は今は言いたくない」

「………」

「……重要なのは、私たちが今“呪いの地”に入ったということ。あなたは呪いで身体が衰弱したと言っていたわね。身体が壊れるまでにどれくらいかかったんだった?」

「……(アンネビネの力への質問はやめることにして)二ヶ月ほどでした……」

「そう。私は衰弱と呼べるまでに数年かかった。呪いの効果は地域によって違うみたいね。だから、森での探索は一週間以内に終わらせた方がいい」


森はあまりに広く、一週間は短すぎる時間に思えた。


「私の経験では、呪いは人間にしか作用しないみたい。隠れ家の周囲では小動物や果実は八年間ずっと存在し続けている。腐りもしない。だから熊や狼もいるかもしれないわ。荷車の武器は風で崩れないよう守っておいたから、一つ残らず森に持ち込めているはず」


プラは片手に大槌を取った。

アンネビネは片手に鎌を握った。


「ただ進むだけでは時間がかかりすぎるから……」

アンネビネの髪が輝きを帯びた。

彼女の周囲に強い風が巻き起こる。しかし音はなく、肌でしか感じられない風だった。


「外の警官たちには届かない……『安全な風の刃』よ。これで一度に広範囲を探知できるし、刃に触れた動物を私のもとへ引き寄せられる。もしジュダサがいるなら、もっと見つけやすくなる」


アンネビネの『安全な風の刃』は、レーダー網のような、破壊力を持たない巨大な円盤状の空気の塊だった。

































その刃を用いて森を探りながら二日ほどが経った頃(これまで見たのは子鹿や野鼠、トカゲばかりだった)。

進み続けた二人の前に、何かの構造物が現れた。


かなり大きな建造物だった。

その周囲には木々が一本もなかった。

この時代ではあり得ない様式の建造物。

まるで過去の人類の軍事基地のようだった。

建物のあちこちが壊れていた。


「……中に警官か……軍人でもいるかしら……」

アンネビネは自分とフラを透明にし、建物に近づいた。

扉は開かれていた。貫かれていると表現してもいいほどだった。

二人は内部を探索することにした。

人がいる気配は感じられなかった。


廊下を進んでいた時だった。

「……?」

そこで彼らはある生物を目にした。


それは首の長い亀のような姿だった。

だが決して亀ではなかった。

大きさが異常だったのだ。

数百年前に絶滅したガラパゴスゾウガメほどの巨大さ。


だが、その目は爬虫類のそれではなかった。

人間の目だった。

他のどんな動物にも似ていない、曖昧さのない人間の瞳。

瞳孔は異様に小さい。

どこを見ているのか分からなかった。

両目の焦点は合わず、精神が壊れているように見えた。


だがその頭、首、鼻、口は確かにフラとアンネビネの方を向いていた。


「……私たちを見ているのでしょうか……」

「……さあ、刃は解いたけど、動物は人間より勘が鋭いから……」


亀のようなそれは一切動かず、ただ二人を見つめ続けていた。不快なほどに。


「……生体兵器かもね。昔は鳩やイルカを作戦に投入した国もあったそうだから……殺した方が安全ね」

アンネビネは祈るように両手を合わせた。

その掌の間から冷気が漂い始めた。


「……これはまた別の技術よ。拍手――」


「ブルーノ上等兵!!!!!!ブルーノ上等兵ィィィィ!!!!!!人間が来ましたァァァァァ!!!!人間がァァァァァァ!!!!!!」


亀がアンネビネの言葉を遮り、叫んだ。

亀が喋ったのだ。


「千年ぶりに人間が来たァァァァァ!!!!……グエッ」


アンネビネがその首を刎ねた。


亀は危険な存在に見えた。仲間がいるようでもあった。

人間の言葉を話した。

生き物の喉では不可能な大音量で。


「危険……これは、とても危険……あんな動物は見たことがない……!」

「呪いか!?」


イヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ……


不気味な音があちこちから響き始めた。

笑い声のようでもあり、チンパンジーの鳴き声のようでもあった。


何かが近づいてくる。

数え切れぬ何かが四方から迫り、二人を締め付ける。


ドン。ドン。ドン。


何かが現れた。

廊下の端に到着した。


それは警官でも軍人でもなかった。

人でもなかった。

野獣でもなかった。

巨大な亀でもなかった。


緑色の皮膚を持つ何かがそこにいた。

頭は細長く、手足は異様に細かった。

だが震えることもなく、ただ俯いていた。


距離があったため、その瞳がどこを向いているのかは分からなかった。

廊下の端を塞ぎ、動かない。


膠着状態。


その間にも、外からは数多の存在が迫る気配が絶え間なく続いていた。











To Be Continued.....

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