第7話 船の行方

「艦橋の飯田です。不明な電波とは?」

「まだわかりません。詳細は情報科に回します。」


航海長の飯田は、嫌な感じがした。



「情報科です。分析を行いますので希望者は情報分析室に集まってください。」


再び全艦放送がかかった。主計戦闘部隊の本部があるデッキ下5階の隅に、情報分析室がある。かなり広い部屋で、おそらく全隊員が入れるスペースがある。


「西井、行ってきてくれ。」


飯田は右舷の監視をしていた航海科の仲間である西井に様子を見に行くよう、伝えた。




2時間後、西井が戻ってきた。


「なんだった?」

「発信者は分からなかったね。ただ、内容が…」


「内容?」

「これね。」


西井はメモしてきたらしいノートを読み上げる。


「『撃沈を探知。※※※※、位置、****、救助、30分のみ』」

「なんだそりゃ」


西井は気の抜けた顔で、情報分析室の様子を教えてくれた。


「分析班の人たちがね、救助は30分のみってところに注目してて。どういうことだろうって思ったら、レーダー班から報告が来たの。ノルマンディーがいたであろう海域に数隻の船影が近づいているって。」

「救助が来たのか?早くないか?」


ファントムクラブの二隻、リヴァイアサンとセイレーンはは、作戦班の指示ですでに反転して距離をとっている。


「そしたら30分でその船影も離れていって。あんなの救助にならないと思うけど。」

「大体、中に乗ってるアメリカ人は俺たちの攻撃の前に死んでたはずだ。乗っ取り犯の救助も別にいらないっていう命令だったよな。だから俺たちはいま逃走中だ。」


「そ。だからセイレーンからはやぶさを出して偵察に行ってもらったらね、なんとねえ、その不審船が救命ボートを沈めてたんだよ!」

「は?それは乗っ取り犯たちを海に沈めたってことだよな。」


「わからない。分析班の人も絶句してたね。でも救命ボートは30人乗りぐらいだった。それが4隻って」

「海賊にしては多すぎるな。まさか、乗組員は生きてたのか…?」






アメリカ、ワシントンのホワイトハウス。大統領執務室で、アメリカ大統領のジョン・ハワードはPWEの会長、ファン・ヒューズと向かい合っていた。ハワードにとってPWEは選挙のたびに世話になる相手だ。無碍にはできないし、そもそも世界的大企業のPWEとホワイトハウスの影響力はほぼ同等と言えるほどなので無視できない。


「ノルマンディーの悲しい事件については?」

「聞いとるよ。救出作戦はもう始まるのかい?」


ハワードは声をひそめて言った。


「救出は諦めました。」

「なんと!」


「ノルマンディーはイージス艦だけれど老朽化が激しい。ここいらで新調するのにちょうど良い。」

「ほう。」


「それに、新型イージス艦の予算を議会がしぶっとるでしょう。ところが、ノルマンディーが海賊によって自沈したとなれば、海賊対策を施した新型艦にも賛同せざるを得ない。」

「だから、救助せず見殺しにすると…?」


「いや、そうすると乗っ取り犯たちが好きにアメリカのイージス艦を操れることになります。だから、『あいつら』に頼んで沈めてもらおうとね。」

「なるほど。」


ヒューズは確かめるようにハワード大統領に訊いた。


「ファントムクラブの忠誠心っていうのはどれぐらいのもんかね?実力は、あるじゃろうが。」

「それを今回確かめました。ノルマンディーは乗っ取られたことにはなっているものの、実際にはアメリカ海軍の隊員が動かしています。」


「なんと!海賊の話さえホラかい?」

「逆にアメリカ海軍の軍艦を乗っ取れる海賊がいるならスカウトしたいですな。」


さすがのヒューズも驚かざるを得ない。空いた口が塞がらないヒューズにかわってハワードは続ける。


「ファントムクラブがホワイトハウスの出す命令を忠実にこなし、こちらの情報を信じるか…。これを確かめるために、潜水艦は使わないように、というアドバイスをつけたんですよ。」

「それは、なぜ?」


「ファントムクラブの作戦班は大胆に見えて慎重です。対空攻撃と魚雷攻撃の二段構えなんてこともやりかねない。普通だったらそうするでしょうが、あえて手段を絞るような指示を出しても、それに従うか…。これを見たかったんですよ。」

「リヴァイアサンからのミサイル攻撃だけでノルマンディーを沈めるのは無理だろうなぁ。」


ファントムクラブの第一回攻撃がチグハグだったのは、このためである。そのせいでどれだけ中本たちが苦労したか知らない2人は会話を続ける。


「それで、結果は?」

「結局うまくはいかなかったようですが。まあ、当然です。それで、何か別の方法で撃沈したようですね。詳しくは知りませんが、1回目の攻撃はこちらの指示に従ったようです。」


「救助自体は米海軍が?」

「まさか。海賊のことなんてなにも知らない乗組員がアメリカに帰ってきたら大スキャンダルですよ。救助に死力を尽くしたが、生存者はいなかったことになってます。」


「まあ、あのあたりの海は荒れてるから…」


実際にはホワイトハウスの特務艦が行って救命ボートを沈めたのだが、それは言わない。


「それじゃ、新型艦の予算は成立するし、ファントムクラブの忠誠心も確かめられたし。今回の目的は全部達成したってことだな。」

「はい。それもこれもPWEの支援で作ったファントムクラブのおかげです。もちろん、見返りに新型艦の受注はPWEシップにお願いしますから。」



ヒューズはこの若い大統領に少し不信感を抱いたが、毅然として答えた。


「当然じゃ。」





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これにて第二部は終了です。エピローグを挟んで第三部に入ります。

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