第28話 ギャルと保健室と五月病 -1
学校指定のローファーが奏でる足音が、酷く憎たらしい。長かった連休がついに終わりを迎え、憂鬱な気持ちを撒き散らしながら通学路を歩く。
連休、なんて言っても、学校が休みだっただけで、私自身は一ミリも休まっていないというのに……。
周りを歩く女学生たちも、私と同じように憂鬱な表情をしている人が何人か見受けられる。登校時間はいつもと同じはずなのに、普段より通学路を歩いている人数が明らかに少ない。今日は遅刻ギリギリに登校する人がきっと多いことだろう。
「あぁ、夜雲さん……おはよう……。今日も早いね……」
「海老名先生、おはようございます」
学校に着くと、校門に立っていた女教師に声をかけられる。
彼女は養護教諭の海老名先生。ヒールということを差し引いても、相当に背が高くてスタイルが良い。ジュンナが可愛い系の美人だとするなら、海老名先生はカッコいい系の美人だ。たぶん養護教諭でなくても、モデルとして食べていけると思う。若くて綺麗で優しい、という三拍子が揃っていて、生徒たちからは絶大な人気がある。中には、"エビセン"というあだ名で呼ぶ者もいるほどだ。
毎日こんな風に校門へ立ち、生徒たちに挨拶までしている。まさに完璧な養護教諭と言える。
のだが……。
「先生、大丈夫ですか?なんか元気なさそうですけど……」
「大丈夫……。ありがとう……」
いつもなら背筋を伸ばして芍薬のような立ち姿なのに、今は怠そうに校門に背を預けている。それに、なんというか、酷く暗い顔をしている。
私は精霊の影響で体調を崩した時に、度々保健室でお世話になっていた。だからこそ、先生が体調を崩すのが珍しい事だということもわかる。連休中に色々なことがあったせいで、余計心配になってしまう自分がいた。
一応、私の体調には何の影響もないから、海老名先生に悪霊が取り憑いているといったことはないだろうが……。
「とにかく、苦しくなったら無理せず保健室に行ってくださいね」
「そうだね……」
皮肉混じりの適当なジョークをかましても、虚な顔のまま返された。いつもの海老名先生なら、「これは一本取られたね」なんて返してくれるところなのに。
まるでこの世の全てに絶望しているかのような空気に心配が募るが、精霊が関わっていないのであれば、養護教諭相手に私が出来ることはないだろう。
そう考えて校舎へと歩みを進めた。
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キーンコーン……
四時間目の終了を告げるチャイムが鳴り響いた。
それと同時に、止めていた呼吸を再開するように、過集中の状態から身体を開放した。思いっきり深呼吸をしたいところだが、教室でいきなりそんなことをするわけにもいかず、静かに呼吸を整える。
なぜ私が授業中そんな状態になっているのかといえば、ジュンナにアドバイスされた通り、霊力を安定させる修行をしていたからだ。言われていた通り、マルチタスク的に霊力を操作するのは、相当に難しく、疲労度合いはご覧の有様だ。
ジュンナもジュンナで、今頃は家で教科書かテレビで現代の勉強をしていると思う。彼女にとっては、適当に街ブラの昼番組を見るだけでも、現代文化を知る機会としては十二分だろう。
周囲から変な目で見られていないか確認しつつ、改めて呼吸を整えた。
昼休みばかりは、しっかり休むと元々決めている。スクールバッグからは、お弁当とイヤホンを取り出した。
昨日の夕飯の残り物を寄せ集めたお弁当を広げつつ、スマホで起動したのは最近ハマっているソーシャルゲーム。残っていた連休も、再びおばあちゃんのお見舞いに行ったり、精霊術の修行で忙しくしていたので、ログインすらできていなかった。
ワイヤレスのノイズキャンセリングイヤホンを耳にはめる。ゲームやアニメは精一杯没入して楽しむのが私の流儀なのだ。
「おーい、リア。一緒に飯食おや〜」
ノイズキャンセリングを貫通してくる能天気な声。
休み明けでも変わらない、エセ関西弁に派手な黄色のインナーカラー。自称バチイケギャルのヨモギが、まだ許可も出していないのに、当然のように私の机に自分の弁当を広げ始めた。前の席の椅子をこちらに向けてきたあたり、しっかり腰を落ち着けて私とランチをするつもりらしい。
「リアの弁当は今日も美味そうやなぁ〜。やっぱり、今時はそういうギャップが受けるんやろな」
「何の話よ……」
私は観念してイヤホンを外して応答した。さすがに、人を無視してゲームを優先するほど薄情な人間ではない。
どっちみちヨモギには返さなければいけない恩がある。
私は机の横にかけていた、和菓子屋の紙袋を取り出した。
「はいこれ、喫茶タカサキのこと教えてくれたお礼」
「えっ!? これ、美鳥屋のどら焼きやん! 貰ってええの!?」
「そんだけ喜んでもらえたら、どら焼きも本望でしょうね」
ヨモギはまだ弁当に手をつけたばかりだというのに、早速一つどら焼きを食べ始めた。こいつに食べ合わせの概念はないのだろうか。
「別にお礼なんて用意してくれんでも良かったんに」
「早速食べてる人間の言うセリフじゃないわよ」
「でも、何で高崎さんのこと聞いてきたん?よほど訳ありだったみたいやけど」
「あぁ……それは……」
私はそこで言い淀んだ。
ヨモギのことは人として信用しているが、全てを打ち明けられるかと言われると、私側の問題でそれは難しい。
私が困ったのを察して、ヨモギは新しく二個目のどら焼きを取り出した。
「んま、言い難いことなら無理して聞かんでおくわ」
「悪いわね。一方的に協力してもらっておいて」
「それはどら焼き貰ったから十分や。それにな、実はリアから電話あった次の日、喫茶タカサキに行ったんやけど……。高崎さんたちの顔、めっちゃ明るくなっててん。これ、リアのおかげなんやろ?」
「さぁ…………どうかしらね」
「はっ、そういうことにしとくわ」
こいつに友達が多い理由を身をもって理解する。
ヨモギは「これで話は終わりだ」と言わんばかりに大きく笑い飛ばした。静かな教室で、ヨモギの笑い声は面白いくらいにこだました。
「ところで、何で今日はいつもの友達とご飯食べてないのよ」
「うちはリアのことも友達と思っとるで?」
「そういう話じゃないっての」
「なんか二人とも気分悪くなってもうたみたいでな、食欲もないらしい」
「朝は元気そうだったじゃない。大丈夫なの?」
「まぁ、五月病みたいなもんやない?」
ヨモギは普段三人くらいで仲良くしているのだが、他の二人はヨモギの言う通り、自分の席で昼食も食べずに机で突っ伏して陰鬱な空気を出していた。連休明けで気持ちが落ち込むのはわかるが、いくらなんでも落ち込みすぎやしないだろうか……。
「あんたは平気なの?」
「うちが連休明けだからって凹む人間に見えるか?家で飼ってた猫が死んでしまった時くらいしか凹んだ事ないわ」
「何というか、さすがね……」
キーンコーン……
そんな会話をしているうちに、昼休み終了のチャイムが鳴った。
弁当は食べ終わったが、結局ゲームはちっとも出来やしなかった。
「次はエビセンの授業か、楽しみやな」
「無理してないと良いんだけど……」
「んじゃ、邪魔したな」
ヨモギは教室真ん中あたりの席へと戻っていった。
まだ五月ということもあって、席は出席番号順。私は
海老名先生は養護教諭なのでちゃんとした授業をすることはないが、五時間目は総合の科目で、今日は彼女が保健指導の講義をすることになっていた。
弁当を片付け終わったあたりで、前の扉が開き、海老名先生が姿を現す……かと思いきや、顔を出したのは、海老名先生ではない他の教員だった。
「えぇ〜、海老名先生は体調不良のため、この時間は自習になりました。決して教室の外に出たりはしないように」
そうアナウンスだけして、その先生はすぐにいなくなってしまった。こちらを振り向いたヨモギと目が合う。
何だか釈然としない気持ちのまま、自習の時間はあっという間に過ぎて放課後になってしまった。
「おーいリア、たまには一緒に帰ろうや」
「あぁ、うん。けど、海老名先生の様子見に行こうかと思って……」
「心配し過ぎやろ。気持ちは分からんでもないけど。保健室の先生なら、自分のことは自分が一番よくわかっとるやろ」
「そうね、杞憂だと良いんだけど……」
ヨモギの言うことももっともだと思う。陰鬱の理由がプライベートなことなら、尚更踏み込むべきではない。それはわかっているのだが……。
何だか釈然としない気持ちを抱えたまま、私は学校を後にするのだった。
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