第1話 夜雲リアは霊が見える

『ねぇ、あのトンネルの噂聞いた!? マジで、”出る”……らしいよ!』


 この前通ったけど、何もいなかったわよ。私が保証してあげる。


『最近肩重いんだよね……。私、霊感強いから……』


 ただの肩こりだと思う。だって、何も憑いてないもの。


『リアちゃんのウソつき! そこには、なにもいないってば!』


 ちがう、ウソじゃない……。ほんとうなのに……。なんで……。



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「……ア……リア……おーい、夜雲やぐもリア〜。ホームルーム終わっとるで」


「あぁ……いつの間に……」


 クラスメイトの声に、まどろみの状態から目を覚ました。


 う……身体……だるい……。


 寝起きの身体にのしかかる倦怠感と悪寒。決して、机に突っ伏していたことに起因するようなものではない、確かな不調。

 その上、まどろみの中であまり思い出したくない過去を見た気がする。まさに弱り目に祟り目だ。


 目にかかる紫の髪を避け、黒板の上の時計を確認する。

 確かに、帰りのホームルームが終わってから数分が経過しているようだ。明日からの連休に向け、諸注意を長々と喋っていた教師もすでにいなくなっていた。


「お前、うなされとったで。体調悪いんなら、保健室連れてったろか?」


 黒髪に黄色のインナーカラーを入れた派手なギャル――双葉ふたばヨモギの大きな目が、文字通りの意味で私の顔色をうかがってくる。


「いや、寝不足で目をつぶってただけだから、平気、ありがと……」


「ならええけど。見かけによらず、昔から身体弱いねんな、リアは」


「『見かけによらず』は余計よ……」


 平気、なんてのは嘘である。

 体調が悪いのは紛れもない事実だ。

 なんなら、朝からずっと最悪の気分だった。


 だというのに、いつも通り適当な会話で誤魔化してしまった。


 いや、私だって、嘘を吐きたくて吐いているわけではない。せっかく向けてくれた優しさを無碍にするような不義理な真似、しなくて良いならしたくないに決まっている。


 心の中でそんな言い訳を並べながら、教室の天井に視線を向けた。

 

 そこにいるのは、私の体調不良の原因。

 それは、宙を漂う、淡い光のモヤ。


 ……いや、何度考えても、この不調の原因を説明するなんて無理だ。

 だって……。


 ――私の体調が優れないのは、今日一日、教室にこの光のモヤが漂っていたせいです。


 なんて説明をされて、「そうだったんですね」と納得をしてくれる人間はいないだろうから。

 それどころか、様子のおかしい不思議ちゃんと思われるか、この学校の七不思議を一つ増やしてしまうだけだ。


「おーい、急に意識飛ぶやん。マジで平気なんか?」

 

「……ごめん、ボーッとしてた。ていうか、もしかして何か用事があった?」


「あぁ、せやねん。リア、このあと暇か?」


 ヨモギは前の席の椅子を反転させて、どかっと座った。

 私の方も、一旦は身体のことを気にしないことにして、ヨモギの話を聞くため、丸めていた背中を正した。

 

 私の席は教室の廊下側、一番後ろ。こんな端っこにいる私の異変に気づくあたり、元々用があって様子を伺っていたに違いない。


「ほら、明日から連休やろ? せやから、みんなで飯でも食い行こ〜言っとるんやけど……。リアはどうや?」


 時はまだ少し肌寒さの残る4月の最終週。明日から始まる連休を前に、世間が浮き足立つ時期だ。

 それは、この美鳥みどり女学園2年A組も例外ではないらしい。


 ヨモギが親指でクイッと示した先、教室の中心には、部活や予定のない生徒たちが大勢集まっており、お喋りに花を咲かせていた。


「みんな『夜雲やぐもさんとお喋りしてみたい』って言うとったで。元気だったら参加してや」


 なるほど、あの大所帯はこの後の食事会の話題で盛り上がっていたというわけか。こんな教室の隅で、浮いてるも同然の私にまで声をかけてくれるとは、なんて優しい人たちなんだろう。

 だが、大所帯から注がれる視線には、不安の色が多量に含まれている。私に声をかけるのは、そんなに危険なミッションなのだろうか。

 

 まぁ、怖がられているという自覚はある。

 染めたわけでもないのに紫がかっている毛髪に、無駄に鋭い目つき。この容姿のせいで、昔から不良と思われて敬遠されることは間々あった。


 きっと、みんな私のことを怖がって、ヨモギにこの役を任せたんだろう。ヨモギとは中学からの付き合いで、私とフランクに話せる貴重な人間だから……。


「ごめん、気持ちは嬉しいけど、あいにく今日は行けないわ」


「あー、やっぱ具合悪いんか? 」


「家の手伝いがあるのよ。家族と約束してるから帰らないといけなくて」


「んなこと言われたら、無理は言えんわなー」


 ヨモギは「あちゃー」と言いながら額に手を当てる。

 ちなみに、ヨモギは仕草も言動も関西人まがいだが、全てがエセである。関東生まれ関東育ち、生粋のエセ関西弁という変人だ。


 そんな風におちょけていたヨモギの表情が、少し真面目な色に変わる。


「ただ、お前このクラスになってからまともに人と喋っとらんやろ?中学からのよしみとして言わせてもらうけど、もうちょい友達作ったらどうや?」


「……中学からのよしみなら、私が人付き合い苦手なのも知ってるでしょ……」


 我ながら卑屈だという自覚はある。でも、こればかりはどうしようもないのだ。


「かーっ、もったいないなー。みんなリアのこと誤解してると思うんよなぁ。リアの可愛さをアピールするせっかくのチャンスやったのに〜」


「はぁ? 可愛い? 私が?」


「そんな怒らんといてぇ。あんまり怖い目ぇせんほうが友達できるで?」


「今怒ってるのはあんたのせいでしょうが! ていうか、目つきが悪いのは生まれつきだっての!」


 私のツッコミに満足したのか、ヨモギはニシシッと少年漫画の主人公のように笑ってみせた。

 これでも私を元気づけてくれたのだろう。

 ……別に落ち込んでいたつもりはないのだが。


「んじゃ、リアは欠席や〜、てみんなに伝えてくるわ」


「うん、ごめん……。それと、色々心配してくれてありがと……」


「別にええて、水臭い。もし申し訳なく思ってるんやったら、連休中にも何か声かけるかもしれんから、そん時は参加してな〜」


「それは……行けたら行くわ」


「いや、それ絶対来ないやつやん」


 最後にそんな軽口を叩き終えて、ヨモギは教室中心のグループの元へ向かっていった。

 

 ヨモギが皆へ私の欠席を伝える様を、ただ横目で眺めた。


 断ったのは私の方だというのに、断られた側の方が申し訳なさそうな空気感になっていた。「やっぱり迷惑だったかな……」、「騒がしいのは好きじゃないのかも……」なんて会話も聞こえてくる。


 彼女らにそんなつもりはないのだろうが、日常的に感じている肩身の狭さがより一層増した気さえする。


『仲良くなれたら』ね……。私だって、こんな体質じゃなければ……。


「はぁ……」


 溜まった憂鬱と疲労が、ため息になって溢れた。完全に無意識だ。


 椅子に深く寄りかかり、再び天井を見上げる。そこには、相変わらず私の憂鬱の原因、そして体調不良の原因そのものがいた。


 フワフワと浮遊する光のモヤ。

 こいつは、朝からずっと教室内を彷徨っている。

 決して、照明の故障だとか、光の屈折といった類のものではない。例えるなら、海を漂うクラゲみたいに教室の中を浮遊している。


 だが、大勢いるクラスメイトの誰一人として、この現象に言及する者はいない。

 ただ一人、私だけが、この光のモヤを認識しているのだ。


 ――私、夜雲やぐもリアは、他の人には見えない”幽霊”が見えてしまう体質だ。


 いわゆる、霊感が強い体質、とでもいうのか。

 ただ、肩が重くなる程度では済まず、完全に見えてしまっているあたり、我ながら度を越していると思う。


 幸いなことに、クラスメイトたちは会話に夢中で、ため息は誰の耳にも届いていない様子だった。この悩みを誰にどう説明しようが意味をなさないどころか、状況が悪くなるということは、私が一番よく理解している。


 もういいや……さっさと帰ろ。

 

 スクールバッグに荷物をまとめ、帰宅準備を整えていく。


 準備を終えて席から立ち上がったところで、光のモヤはちょうど目の前を漂っていた。


 私はこいつのせいで一日中うっすらと肩が重かったというのに、呑気に彷徨う幽霊に無性に腹が立つ。


 その光のモヤを手で払いのけようとするが、手は光の中をすり抜け、虚しく空を切った。



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 うわ、なんかいる……。


 学校から自宅までの帰路の途中、少し暗くなり始めた公園に、”それ”はいた。砂場のあたり、白い人影のようなものがただそこに佇んでいる。目や口といったものは見当たらず、本当に”人影のようなもの”としか形容ができない。


 まさか教室の魂型のものに続き、人型のものにも出会うとは、今日は本当に運が悪い。あくまで私自身の体感だが、人型の幽霊は出会う頻度が低い分、感じる悪寒もより強い。

 住宅街の大して大きくない公園とはいえ、入り口からだと五メートルは距離があるというのに、うっすらと肩が重くなるのを感じる。


 正確には、これが幽霊かどうかは私は知らない。魂型とか人型とかいうのも、私が勝手にそう呼んでいるだけだ。

 そもそも、自分一人しか認識できないのだから、調べるも何もない。他の人には見えていない上に、明らかに実体を持っているようには見えない以上、これが何かと聞かれれば誰もが”幽霊”と答えるはずだ。

 

 高校生になった今でこそ、ある程度は自分の体質に対して理解をしたつもりだが、幼少期はそうもいかなかった。


『リアちゃんの嘘つき!』

『リアちゃんって変だよね』

『リアちゃん、どうして他の子を怖がらせるようなことを言うの?』


 嫌でも思い出してしまう、過去に投げかけられた言葉たち。

 問題だったのは、幼少期の私にとって、幽霊が他の人には見えないこと、そして異常なものだということが理解できていなかったという二点だ。

 そうした幼少期を過ごした結果、高校二年生になっても尚、人付き合いに対してトラウマを抱えている様である。


 なんで、私だけこんなのが見えるのよ……!


 衝動的に拳を強く握りしめる。

 私の体質はあくまでも見えるだけ。

 

 せめて、誰かの役に立てるような力だったら、多少の被害は苦ではなかったかもしれない。

 せめて、誰かを救える力だったら、自分のことを好きになれていたかもしれない。

 せめて、誰か隣にいてくれる人がいたら、もっと明るい人生を送れていたのかもしれない。


 そんな無い物ねだりばかりが、頭を渦巻いて離れなかった。




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あとがき


お読みいただき、誠にありがとうございます。


二人の少女が出会い、

悪霊と戦ったり、

人々の温かさに触れたり、

一緒に暮らしたり…。


謎あり、友情努力勝利ありの、ハートフルな現代ファンタジーです。

続きも手に取っていただけますと幸いです。


また、♡や☆、応援コメントいただけますと、大変励みになります。

今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。

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