ep3 さようなら


「ふぅ……」


大きな扉の前で、シャスティアは大きな深呼吸をする。アルカ王国での最後の晩餐になるであろうこの夕食の場で、あの王太子レオンハルトに、シャスティアを捨てたことを後悔させてやろう。




「準備が整いました。どうぞ」


「ええ、ありがとう」


侍女に促されて、開かれた扉の先へ進む。


進んだその先の景色は、いつもと何ら変わらなかった。




────ただ一つ、いつもより人が二人ほど多いことを除けば。




豪華な装飾品で象られた長テーブルに、いつも通りの席で座る。レオンハルトの正面で、シャスティアの左隣の席を一つ分空けて王妃が座っている。




長テーブルの一番奥には、いつもはいないはずのアルカ王国の国王が静かに座っていた。国王は色の薄くなった金髪をひらめかせてシャスティアの入場を見つめていた。


そしてレオンハルトの隣。いつもならば誰も座らないはずのその席には、例のごとくセシリアが着席している。国王も王妃も何も言っていないことから、この二人の関係は公認のものと見て取れる。




(まったく図々しいわね)




シャスティアとレオンハルトの婚約を決めた国王と王妃がこれでは、もう何も当てにならない。それ以前に、肝心の親が自らの子供の浮気を容認するとは、人としても、シャスティアに対してもあまりにも無礼で図々しいのではないか。




「シャスティア様は今日もお綺麗ですね。私なんて霞んでしまいます」


シャスティアの着席後にしばらくの沈黙が続いたあとで、セシリアが最初に口を開いた。


「……いいえ、そんなことありません。セシリア嬢もとてもお綺麗ですよ」


急にセシリアが褒めてくるものだから、一瞬戸惑ってしまった。てっきり、敵意むき出しで来ると思っていた。




「セシリアは相も変わらず優しいな」


「まぁ、そんなこと……」


「ああセシリア、今日も世界で一番美しいよ。」


唐突にイチャつきだす二人を尻目に、静かに運ばれてきた夕食にナイフを入れる。


味はおいしいのだが、如何せん気分が悪いもので、食事はあまり喉を通らなかった。




国王と王妃は変わらず黙りこくって何も話さない。あの二人も今は黙々と食事をしている。食器とカトラリーが触れ合う静かな音だけが響く空間が、だんだんと居心地が悪くなってくる。




それからは誰も声を発さず、デザートまで食べ終えてしまった。シャスティアとしては、レオンハルトに一泡吹かせたかったのだが、あまりにも敵意を感じなかったもので、言い出すタイミングを見失っていた。




侍女たちがデザート皿を片付けている最中、今まで頑なに口を開かなかった国王がついに、口を開いた。




「シャスティア嬢、此度のことは、残念であった。だが、レオンハルトに愛されなかったそなたにも、それなりの責任はある。よって、そなたにはネフィリス王国の王太子のもとへ、明日中に嫁いでもらう。アルカ王国とネフィリス王国の友好の証だ、これまで王太子妃としてつけた学を活かせ」




もう、なんと言っていいのか。言っていることが支離滅裂だ。まず、なんなのだ。「愛されなかったそなたにも責任がある」だと?しかも、明日中に嫁げと。何を言っているのだ、この国王は。




しかも、悪い噂の絶えないネフィリス王国の王太子のもとへ嫁がせるとは。シャスティア本人としては、その噂についてはそこまで気にしていないのだが、何せ、シャスティアだけが我慢をしなければねらない、この状況が気に食わない。何か言い返してやりたい。




「お言葉ですが、陛下。私は今まで、王家の繁栄のために尽力してきました。陛下や王妃様、レオンハルト様のお仕事も代わりに行っていました。充分な引き継ぎも行われないまま、明日中に嫁げと仰いましても無理な話です。最悪の場合、国の統治が乱れてしまいます。」




国王は不満げに、自分の椅子にふんぞり返った。


「ならばなんだ。すでにネフィリス王国へは書簡を送った。変更はできん。それに、お前にできた私達の仕事が私達に片付けられないなどありえない。」




なんと。これまで散々シャスティアに仕事を押しつけておいて、そのシャスティアのことを、感謝するどころか見下してきた。


「では、セシリア嬢の王太子妃教育のほうは大丈夫なのですか?成人まであと二年しかありませんが。」




アルカ王国では、二十歳で成人となる。一般では王太子妃教育は成人までに終わらせるようになっている。人によって必要な年数が違うため一概には言えないが、最低でも五年はかかると見たほうがいい。特に抜きん出た才があるわけでもないセシリアでは、まあまず二年では終わらない。




シャスティアがそこを指摘すると、今度はレオンハルトが口を開いた。


「セシリアはとても賢いから、二年で終わるはずだ」


「はぁ…。ですから、王太子妃教育は──」


「──さっきからなんなんだ!自分の努力をひけらかして文句しか言えないのか!!もういい、さっさと王宮を出て行け!」


「なっ──!!…………ええ、ええ、分かりました。もう二度とこんな国に戻ってきませんわ」




勢いのまま席を立つ。こいつらにひと泡吹かせてやろうと思ったが、それすらも必要ないほどに腐っている。


これ以上は時間の無駄になってしまう。




「もう、知りません。失ってから気付くといいです。では、今までありがとうございました。二度と会いたくありません。さようなら」


シャスティアは素早く踵を返して、この胸糞悪い部屋から抜け出す。




「おい──!?待て、シャスティア!なんてことを言うんだ!」








シャスティアの足音が次第に遠ざかる。レオンハルトは、消えていく足音をただ聞いているだけだった。




レオンハルトたちは、離してはならない人物の手を離してしまった。アルカ王国の重要な要石を、王たち自身が引き抜いてしまった。そのことを後悔する日は近いだろう。


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