第2話 勇者とすんごい勘違い

 あの日から一週間が経った。

 私の世界は埃っぽい自室のベッドの上だけになった。


 成人の儀で授かったスキル【すんごい、おっぱい】。

 その名は瞬く間に貴族たちの笑いの種となり、クライネルト家の名は地に堕ちた。父は私をいないものとして扱い、母はただ悲しそうな顔で部屋の前に食事を置くだけ。


 そして呪いの証拠に、私の胸は日増しに成長を続けていた。

 儀式の日に着ていたドレスは、今はもう胸がつかえて着ることもできない。まるで、このスキルが「私はここにいるぞ」と、その存在を主張しているかのようだった。


(もう、どこにも行けない……)


 絶望に身を浸していた、その時だった。

 階下から、普段は静かな屋敷に似つかわしくない、けたたましい声と足音が響いてきた。


「本日、勇者様御一行がお見えです!」


(勇者様……? なぜ、うちに?)


 困惑していると、私の部屋のドアが乱暴にノックされた。


「ルルナ! いるか! 勇者様がお前にお会いに来た! いいか、決して粗相のないように…いや、そもそもお前は出てくるな! 私が話をつけてくる!」


 父の焦りきった声。

 それもそうだろう。今の私は家の恥なのだから。


 しかし、父の制止も虚しく、遠くから快活な若い男の声が聞こえてきた。


「いいじゃないですか、クライネルト卿! ご令嬢に直接、お話がしたいんですよ!」


 次の瞬間、私の部屋のドアが勢いよく開かれた。


 そこに立っていたのは、陽光を背負ったかのように眩しい青年だった。年は私とさほど変わらないだろうか。整った顔立ちに、自信に満ちた笑顔。その腰には、王家から授けられたという聖剣が輝いている。

 彼が魔王討伐の旅を続ける勇者ユウキ様……。


 彼の後ろには、鋭い眼光を放つ美しいエルフの女性と、壁のように巨大なドワーフの男性も控えている。


 私はあまりの出来事に、慌てて毛布で体を隠した。

 勇者様は、そんな私を一瞥すると、キラキラした瞳で高らかに宣言した。


「はじめまして、ルルナ・フォン・クライネルト嬢! 俺は勇者ユウキ! 君こそ、俺が探していた仲間だ!」


「…………え?」


 私の口から、間抜けな声が漏れた。

 仲間? 私が? こんな破廉恥なスキルの持ち主が?


 私の困惑をよそに、ユウキ様は興奮した様子で一歩、私に近づいた。


「そのスキル名…【すんごい、おっぱい】! 一見ふざけているように聞こえる! 周りの連中は笑うだろう! だが、俺にはわかる!」


 彼は私の目をまっすぐに見て、熱弁を続ける。


「それは、あらゆる概念を内包した、神に選ばれし者の証だ! 『豊穣』『母性』『守護』…様々な力を秘めた、超絶レアなチートスキル! そうなんだろ!?」


 私は、ただ瞬きを繰り返すことしかできなかった。

 チートスキル? 選ばれし者?

 何を言っているんだろう、この人は。これは、ただの呪いなのに。


(ああ、そうか……)


 その時、私は全てを理解した。


(この方は、きっと私の噂を聞いて、不憫に思ってくださったんだわ。家の恥と言われ、部屋に閉じこもっている哀れな私を励ますために……。こんな突拍子もないことを言って、私を外の世界に連れ出そうとしてくれているんだ…!)


 その証拠に、後ろのエルフさんは呆れたように「勇者、本気ですか? その名前…低俗です」と呟いているし、ドワーフさんは「お? なんだなんだ、胸のでけぇ嬢ちゃんじゃねえか!」と失礼なことを言っている。

 こんなのおかしいに決まってる。

 ユウキ様だけなのだ。こんな私を見捨てずにいてくれるのは。


「さあ、俺たちのパーティに入ってくれ、ルルナ嬢! 君の力が必要なんだ!」


 そう言って、彼は私に手を差し伸べた。

 その笑顔は一週間ぶりに見る太陽のように温かかった。


 気づけば、私の頬を涙が伝っていた。

 それは、絶望の涙ではなかった。


(この人は私の光だ)


 私は差し出されたその手を、震える両手でそっと握り返した。

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