第5話 ツバキの正体編

帰り道の馬車で、重い沈黙が続いていた。


救助した「悠久の風」のメンバーは別の馬車で先行しており、烏龍堂だけの空間となっている。普段なら賑やかな道中も、今日は誰もが先ほど目撃した光景について考えを巡らせていた。


しかし、それは気まずい沈黙ではない。むしろ、深い理解と信頼に満ちた、温かい静寂だった。


「社長...」ロッシュが口を開く。「さっきの戦い方...」


「どうかしら?いつもより手応えがあったわね」ツバキがいつもの調子で答える。


「今日の双撃の型、普段より威力ありましたね」ロッシュが感心したように言う。


「そうね、相手が強かったから少し本気を出したの」ツバキが微笑む。「でも基本は同じよ」


「あの滞空時間も長かったです」カルボが思い出すように言う。「普段の素材採取の時より、明らかに...」


「風の調子が良かったのかもね」ツバキが穏やかに答える。「今日は気流が安定してたから」


「それに、あの双撃突きの威力...」ティナが興奮気味に言う。「魔法防御壁を突破するなんて」


「効率的でしょ?」ツバキが満足そうに微笑む。「時間をかけすぎるより、仲間の安全を優先する方が大切よ」


沈黙。


「前から思ってたんですが」ロッシュが感心したように続ける。「社長の動き、普段見せてくれるのとは技の精度が全然違いますよね」


「たまには私も動かないとね♪」ツバキが明るく手を振る。「でも、普段はみんなに頑張ってもらう方針よ。今日は特別」


そして微笑みながら付け加えた。


「みんなが困った時は、いつでも助けるから安心して」


* * *


「社長」カルボが真剣な表情で向き直る。「改めて思いました。あなたは本当にすごい人なんですね」


ツバキの表情が少し照れたように緩む。


「そんなことないわよ。みんなだって、それぞれの分野ですごく優秀よ」


「あの戦闘技術は、間違いなく相当な経験と訓練の賜物です」カルボが続ける。「普段見せてくれる動きとは、レベルが違いました」


「そうだにゃ!社長を支えられるようになりたいにゃ!」リリィが尻尾を振る。


「私も!もっと役に立てるようになりたいです」ティナが目を輝かせる。


「もちろん」ツバキが微笑む。「でも、無理はしないでね。みんなは今のままで十分素晴らしいから」


ツバキは嬉しそうに頷く。


「そう言ってもらえると嬉しいわ」


その声には、メンバーたちへの深い愛情が込められていた。


「でも、みんなにはみんなの道があるの。私はただ、仲間が安全に過ごせるよう見守っていたいだけ」


「いつか話す時が来たら、きちんと説明するわ」ツバキが微笑む。「でも、今は...このままの関係が一番心地いいの」


* * *


その夜、烏龍堂では久しぶりの打ち上げが行われていた。危険なダンジョン攻略を成功させた祝いと、新しい素材の獲得を喜んでのことだった。


「乾杯!」


リリィの音頭で、全員がグラスを合わせる。エールの泡が弾け、温かい雰囲気が工房を包んだ。


「それにしても」ロッシュがエールを飲みながら言う。「今回のダンジョンは勉強になったな」


「特に最後のアーリマン戦」カルボが頷く。「魔法防御壁の突破方法とか、参考になりました」


「社長の指示が的確だったからにゃ」リリィが尻尾を振る。「さすがマスターにゃ!」


「みんなが頑張ってくれたからよ」ツバキが微笑む。


しかし、その笑顔の奥に、ほんの少しの寂しさが混じっているのを、メンバーたちは感じ取っていた。


「社長」ティナが言う。「私たち、社長のことをもっと知りたいです」


「そうだな」ロッシュも同意する。「どんな過去があっても、俺たちは社長についていく」


「秘密があるのは構わないにゃ」リリィが続ける。「でも、いつか教えてにゃ」


「私たちは家族ですから」カルボが静かに言う。「どんな真実でも受け入れます」


ツバキの目が潤む。


「みんな...ありがとう」


静かな夜の工房で、5人の絆がさらに深まっていく。秘密を抱えながらも、信頼で結ばれた特別な関係。


* * *


深夜、メンバーたちが寝静まった後、ツバキは一人工房の屋上に立っていた。フォルティアの街並みを見下ろしながら、腰の双銃に手を触れる。


「まだ...隠し通せるかしら」


5年前、彼女はこの街にやってきた。表向きは普通の工房主として、平凡で平和な日々を送るために。しかし、今日の戦いで、その仮面に大きなひびが入ってしまった。


「でも」ツバキが微笑む。「みんながいるなら、きっと大丈夫」


烏龍堂のメンバーたちは、彼女にとって本当に大切な仲間だった。どんな過去があろうと、どんな秘密を抱えていようと、この絆だけは本物だ。


月明かりの下、ツバキは静かに誓う。


この平和な日々を、この大切な仲間たちを、必ず守り抜くと。


そのためなら、必要に応じて本当の力を使うことも厭わない。しかし、できる限り長く、この幸せな時間を続けていきたい。


工具ベルトからひとつの小さなカードを取り出す。月光を反射してきらりと光る、深緑色のプレート。


「まさか、これを使う日が来るなんてね」


風に運ばれるように、その呟きが夜空に消えていく。


しかし、それはまだ誰にも知られてはいけない秘密だった。メンバーたちが真実を受け入れる準備ができるまで、もう少しだけ、この仮面を被り続けよう。


* * *


翌朝、工房はいつものように活気に満ちていた。


「おはようございます、社長!」


ティナの元気な声が響く。昨夜の重い話し合いなど、まるでなかったかのように明るい。


「おはよう」ツバキがいつもの笑顔で応える。「今日も一日、頑張りましょう」


しかし、メンバーたちの目には、新たな理解と信頼が宿っていた。秘密を抱えた社長を、無条件で支えていこうという意志。


「社長、今日は何を作るんですか?」ロッシュが尋ねる。


「昨日獲得した素材で、新しいアーティファクトを試作してみましょうか」ツバキが提案する。「アーリマンの核の欠片、うまく使えば面白いものができそうよ」


「おお、それは楽しみだ」


「頑張るにゃ〜!」


作業が始まろうとした時、ティナがおずおずと手を上げた。


「あの...社長。昨日のこと、やっぱり気になって...」


「そうだにゃ」リリィも尻尾を揺らす。「マスター、本当はすごい人なんでしょ?」


「実は...」カルボが真剣な表情で続ける。「あの戦闘技術、只者じゃありませんでした」


「俺たちには話せないことがあるのはわかる」ロッシュが頷く。「でも、少しでも教えてもらえたら...」


全員の視線がツバキに注がれる。彼女は困ったように頬を掻き、苦笑いを浮かべた。


「えーっと...実は...」


ツバキが工具ベルトからゆっくりと取り出したのは、一枚の小さなカード。深緑色に光る、見覚えのあるプレート。


「私...Aランク冒険者のカード持ってます、テヘッ♪」


一同、絶句。


「「「「えぇぇぇぇ!!!!」」」」


「だって〜」ツバキが慌てたように手を振る。「みんな、普通の工房主だと思ってくれてるから、わざわざ言う必要ないかなって...」


「それって詐欺にゃ〜!」リリィが涙目で抗議する。


「詐欺って...」ツバキが苦笑い。「工房主なのは本当よ?ただ、昔ちょっと冒険者やってただけで」


「ちょっとって...Aランクが『ちょっと』ですか!」ティナが顔を真っ赤にして叫ぶ。


「そりゃあアーリマンも倒せるわけだ」カルボが呆れたように呟く。


「でも」ロッシュが笑い出す。「これですっきりしたな。社長の強さの謎が解けた」


「でも、普段の素材採取とは動きが違いましたよね」ティナが思い出すように言う。「今までで一番本格的な動きでした」


「まあ、相手が強かったからね」ツバキが軽く肩をすくめる。「いつもより集中しただけよ」


「にゃはは〜、マスターはマスターにゃ♪」リリィが元気を取り戻す。「Aランクでも優しい社長にゃ〜」


ツバキが安心したように微笑む。


「ごめんね、みんな。隠してて。でも、今は工房主が本業だから。みんなと一緒にアーティファクト作りができれば、それで十分幸せなの」


「それはそれとして」カルボが真面目な顔で言う。「もう少し早く教えてくれてたら、もっと安心してダンジョンに行けたのに」


「あはは...確かにそうね」


温かい笑い声が工房に響く。秘密が明かされ、より深い信頼で結ばれた仲間たちの、新しい朝だった。


「よし、今日も一日、頑張りましょう♪」


ツバキの明るい声が工房に響く。


みんなで秘密を共有した翌日から、烏龍堂の雰囲気は少し変わった。以前にも増して自然で温かい空気が流れている。


アーリマンの核の欠片を使った新しいアーティファクトの制作は順調に進み、メンバーたちはそれぞれの得意分野で力を発揮していた。


夕暮れの麦畑が金色に輝く中、烏龍堂からは今日も、金槌の音と仲間たちの笑い声が響いていた。


そして今度は、その笑い声に嘘偽りのない、心からの安らぎが混じっていた。


空を見上げると、一羽の烏がゆっくりと工房の上を横切っていく。まるで見守るように、静かに羽ばたきながら夕日の中に消えていった。


「よーし、今日は打ち上げだ!飲みに行くぞー!」ロッシュが元気よく手を上げる。


「社長の正体がわかったお祝いにゃ♪」リリィが尻尾を振る。


「それいいですね!」カルボも賛成する。


「ちょっと待ってください」ティナが慌てたように手を振る。「社長、もし酔いつぶれたら置いていきますからね!」


「えー、そんなひどい〜」ツバキが苦笑いを浮かべる。「私、そんなに飲んべえじゃないわよ?」


「この前、エールを3杯飲んだだけで『みんな〜愛してる〜』って言ってたの、誰でしたっけ?」


「あ、あれは...特別な日だったから...」


「にゃはは〜、マスターの酔っ払いは可愛いにゃ♪」


「可愛いって言うな〜!」


温かい笑い声が夕暮れの空に響く。


烏龍堂の新しい日々が、今日もまた静かに幕を閉じていく。



そして.......その翌日から、ロランとの物語が始まる.....


《完》

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異世界転生 紅蓮の双砲士外伝 烏龍堂のダンジョン探索 マヨネ七味 @simejimaru

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