見えない星を探す
三角海域
見えない星を探す
海に向かって下りる階段の途中で、俺はタバコを吸っていた。廃れたリゾートホテルの階段は、ところどころ欠けて鉄筋が見えている。
単調に繰り返されるおだやかな波音。昼間の暑さもすっかり引いていた。
心地よい静けさの中にこうして身をおいていると、自分のおかれた状況を忘れてしまいそうだ。
足音が近づいてくる。振り返ると、コンビニ袋を両手に下げて進士が歩いてきた。
「お疲れっす」
進士は袋の中身を砂の上に並べ始める。花火の束と、安いビールの缶が数本。
最後かもしれないし、どうしても花火をやりたいというので渋々許可したが、いざやるとなると楽しみになるあたり、俺もガキのままなのかもしれない。
「花火なんて、何年ぶりだろうな」
「俺、小学生以来っす」
ビールを飲みながら俺は線香花火に火をつけた。進士も真似して線香花火を取り出す。
進士の手つきは慣れてない。火花が散ったと思ったらすぐに落ちてしまう。
「下手くそだな」
「そんなこと言わないでくださいよ」
進士は笑いながら、今度は筒状の花火に火をつけた。赤い火花が勢いよく吹き出す。
火花が進士の顔を照らす。笑ってはいるが、どこか悲し気な表情だった。
「花火ってこんなにきれいでしたっけ?」
手持ち花火を振り回し、暗闇に光の線を描きながら進士はそんなことを言った。
二十代前半。まだ未来に希望をもっているだろう年代だ。
俺は四十を過ぎている。仲間に裏切られた形で逃げてきた。もう何も信じてない。
花火を使い切ると、進士は砂の上に寝転んだ。
「星、見えないっすね」
俺も空を見上げた。雲が厚くて、月も見えない。
「せっかく南国にいるのに、ずっと天気悪いの勘弁してほしいですよ。無事に帰れますようにって星にお願いしようと思ってんのに」
「願ったら帰れんのか?」
「そりゃわかんないっすけど……」
腕を頭の下に敷いて、進士は空を見つめ続けている。
ふと、波音に他の音が混じった。その音がどんどんはっきりと聞こえはじめる。
車のエンジン音だった。
ヘッドライトが砂浜の向こうに見えた。二台、三台。エンジンが止まる。
立ち上がる。
「来たな」
進士も起き上がって、海の方を見る。車から降りた人影が、こちらに向かって歩いてくる。足音は波音にかき消されるが、影の動きでわかる。
「どのくらいっすか?」
「四、五人ってとこだろ」
進士は砂を払いながら立ち上がった。俺は腰の後ろに手を回して、ズボンの内側に隠した小型拳銃の存在を確かめた。最後の切り札だ。
「逃げないっすよ」
進士が笑いながら言う。まだ余裕を見せている。
「当たり前だバカヤロウ」
俺はタバコを一本咥えて、火をつけた。遠くの人影がだんだん近づいてくる。
銃声が響いた。
進士の前に出て、俺は胸を押さえて膝をついた。血が指の間から漏れる。痛みより先に、熱さを感じた。
「兄貴!」
進士が俺の腕を掴んで支えようとする。俺は隠し持っていた拳銃を抜いた。迫ってくる影に向けて撃ちまくる。
硝煙の臭いが潮風に混じる。不意を突かれた男たちが身を伏せる。一発、二発――暗闇に火花が散る。花火の続きをしているような錯覚がした。
弾丸が進士の肩を抉った。小さく声を出し、砂に手をつく。
もう俺の銃に弾は残されていなかった。
追手が近づいてくる。進士は子どものように泣き出した。
「星、今からでも見えねえかな」
空を見上げるが、やっぱり星は見えない。雲が厚すぎる。
銃声が連続して響く。
最後に聞いた波音だけが、嘘みたいに優しかった。
見えない星を探す 三角海域 @sankakukaiiki
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