第2話 つもりだった
「第二王子の身の回りで不審な事故が続くのはなぜ? 食事に毒が入っていたこともあるのよ。
第一王子を王位につけたい王妃の嫌がらせじゃないの!」
毒という不穏な言葉に私の表情が崩れた。
子爵令嬢の表情が「やっぱり」と誤解しているので慌てて訂正する。
「王妃様は第一王子殿下を王位にとは考えていませんよ。
第一王子殿下も王位をお望みではありません」
「では、誰が!」
第二王子殿下のことがよほど心配なのでしょう。
ヘイゼル・シェード子爵令嬢の言葉の圧が強い。
第二王子殿下のお命を狙う者がいることを知って驚いた。
最近になって急に子爵令嬢が私に近づいてきたのも、きっとこのことを知りたかったからなのだろう。
ならばここでしっかりと王妃様についての誤解を解いておかなくてはと気合を入れる。
「先ほども言いましたように、王妃様も第一王子殿下も王位を望んでいません。
国王様が第二王子殿下に王位を継いでほしいと考えていることもご存じでいらっしゃいます。
ですから王妃様が犯人ということはありえません。もちろん王妃様の派閥に属している者に関してもそう言えます」
さすがに派閥の末端の方が勝手に動いた、なんてことがあったら断言はできないけれど。
「不審な事故や毒に関してきちんと調査はされたのでしょうか? 王妃様を犯人と疑う色眼鏡を外して」
「……」
この沈黙はきちんとした調査がされていないということでしょうね。
最初から王妃様が犯人だと決めつけているから、証拠や証言が出なくて焦っていたのかもしれませんね。
第二王子殿下のお命が狙われていることもよろしくないし、このまま王妃様が疑われ続けるのも業腹です。
なので、私は動機がありそうな人物の名前を告げることにしました。
「リンダ・デイヴィス男爵令嬢のことはお調べになったのでしょうか?」
「誰?」
「国王様お気に入りの愛妾の方です」
子爵令嬢が絶句なされている。
国王様に愛妾がいることもご存じなかったのでしょうか。
「もしかして、最近国王が忙しくて側妃の宮に帰ってこないのは王妃が国王に仕事を押し付けているからじゃないの……」
子爵令嬢の声が震えています。
国王様に愛妾がいることがそんなにもショックだったのですね。
少しだけ同情します。
「それはないですよ。王妃様も第一王子殿下も連日お変わりなくご公務に励んでおられますから。むしろ、ますますお忙しくなっていらっしゃるような」
「じゃあ、国王はなぜ帰ってこないの?」
子爵令嬢がちょっと泣きそうな表情になっています。
これは話しすぎてしまったでしょうか。
けれど、王妃様が疑われるなんてよくありません。
ここらへんでしっかりと現実を見ていただくことにします。
「どこかは存じあげませんが王都近隣にある王家所有の別荘に件の愛妾を住まわせて、国王様はそこへ通っていらっしゃると聞いています。ご宿泊なさることもあるとか」
おやおや子爵令嬢の顔色が悪くなっています。
侍女に合図を送ると、私の意図を正確に汲んで冷えた体が温まるお茶を淹れてくれます。さすが私の最も信頼する侍女です。
こんな時でも一切の音を立てずに優雅にお茶を飲む子爵令嬢もさすがです。
体が温まるお茶が効いたのか顔色が戻ってきました。
「なぜリンダ・デイヴィス男爵令嬢は、おと、第二王子殿下を狙うの?」
子爵令嬢の言い間違えには気づかないふりをして、私は推察を話すことにする。
「まだリンダ・デイヴィス男爵令嬢が犯人だと決まったわけではありません。
これは私の推察ですが……」
あくまでも推察だと念を押して話を進める。
「国王様の愛妾から側妃様の立場に成り代わりたいのではないでしょうか」
「王妃じゃなくて側妃に?」
「はい。側妃様にです」
根本的な問題として男爵令嬢では家格が低くて王妃にはなれませんが、お噂では若く野心家な方のようです。愛妾よりも上の立場になりたいと考えたのではないかと。
激務な王妃様よりも、ご公務が少ない側妃様のお立場の方が魅力的に見えるのではないかという推察。
さらには、もしもリンダ・デイヴィス男爵令嬢が国王様の御子を身ごもっていたら、御子に王位継承権が発生します。継承順位は直系男子が優先。第一王子殿下は王位を望んでおりませんし、社交界でも王位は第二王子殿下がお継ぎになるとの認識です。
もしも御子が男児なら、第二王子殿下がいなければ次代の国王の母になれると考えたのやもしれません。
私は、まだまとまりきっていない考えをツラツラと口に出す。
無言で聞いている子爵令嬢の顔色が、青くなったり白くなったり赤くなったりと変わっていく。
私はずっと喋っていてのどが渇いたので、少し冷めたお茶を一息に飲み干した。
すかさず壁際に控えていた侍女がやってきて、今度はのどにやさしいお茶を淹れてくれます。自慢の侍女です。
難しいことを考えたのと気疲れとで脳が甘いものを欲しています。子爵令嬢が思案にふけっているうちに私はお茶菓子に手を伸ばした。3個目のお茶菓子を咀嚼していると、子爵令嬢が思考の海から戻ってきたようです。私を見て子爵令嬢もお茶菓子に手を伸ばします。
子爵令嬢の前のお茶がすっかり冷めていたので侍女に合図を送ろうとしたら手で制されてしまった。
子爵令嬢の脳もよほど甘いものを欲していたようで、子爵令嬢にしてはお行儀悪く冷めたお茶でお茶菓子を流し込んでいました。
お茶とお茶菓子を飲みくだした子爵令嬢は、なにやら覚悟が決まったような表情です。
「今日は有意義なお話が聞けました。
急ぎやることができたのでお暇しますわ」
と迫力のある微笑をみせた。
「ありがとう存じます。それでは」
◇◇◇
あの後、子爵令嬢をお見送りして、どっと疲れたので一休みしたかったのですがその暇もなくあれこれ報連相をして、夕食に入浴ともろもろ済ませて、やっと自室のベッドに転がり込んだところです。
「疲れた」
子爵令嬢との会話は本当に疲れます。
特に今日のは……。
いくら許可をいただいて、言質ももらえているとはいえ、尊いお方の話題は緊張します。本来なら不敬にあたることを話しているのでなおさらです。
絶対に守っていただけると信じているけれど、それはそれ。怖いものは怖い。
緊張感のせいか、ひどく疲れているのに眠くならない。困った。
今日も大活躍してくれた侍女が気を利かせて用意してくれた安眠効果のあるハーブティーを飲み、安眠効果のある香りで満たされたベッドで目を瞑った。
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