薄明
藤泉都理
薄明
けたたましいセミの鳴き声で迎える朝朗。
あれはアブラゼミだろうか、それともクマゼミだろうか。
どちらの羽の色が茶で、透明だっただろうか。
そうだよな。
早朝じゃないと鳴いていられないよな。
もう九時から地獄だもんな。
ああ、早朝はいいな。暑さを感じない。
いや。違う。か。
まだクーラーは付いている。
予約していた。
何時間後に切るように予約していたか。
確か、七時間。
五時ちょっと過ぎには切れるはず。
まだ五時ではないのか。
今は、
喉が乾燥しているな。
クーラーを付けているから、だけではない。
喚いたり、呻いたり、喘いだり、泣いたり、笑ったり、怒ったり、燥いだり。
いや、ほとんど呻いていた、ような。
ああ、疲れた、な。
疲れた。
嬉しいとか、恥ずかしいとか、幸せだとか、愛しいとか、怖いとか、幻滅しただとか、思っていた通りにできなかったとか、もう二度としたくないとか、何度もしたいとか、そんな感情と思考が希釈されてしまうくらいに、疲労の濃度が強い。
疲れた。
疲れたな。
疲れた、なんて感想でいいんだろうか。
初めて愛しい人と身体を繋げたというのに、疲労困憊の一択。これだけなのか。
仕方ない、か。
全身全霊で挑んだ気がする。
すべての身体の部位を、精神の部位を、魂の部位をあますところなく稼働していたような気がする。
失敗したくない。幻滅されたくない。上手にしなければ。殊勝な気持ちは、開始五秒で吹き飛んで。
頭の中が半透明になって。
身体のぶつかり合い。精神のぶつかり合い。魂のぶつかり合い。
とにもかくにも、ぶつかる。吹き飛ぶ。にじり寄る。その繰り返し。
情緒なんてどこにもなく。
唾、鼻血、鼻水、涙、汗、尿、精液。
あらゆる体液が零れては、敷布団も敷きシーツも自分たちも汚しては濡らしては臭くさせて。
ああ、疲れたのほかにもあった。臭い。加齢臭も相まって、臭い。
なんて、ロマンチックとは縁遠い事後。
というか。やばい。頭にずきずき痛みが生じて来た。
これは、熱中症では。
体液を限界まで放出させただろうに、水分塩分補給を全然していなかった上に、クーラーで肉体は乾燥させたから、熱中症にかかってしまったのだ。
やばい。動かねば。
ああ。こういう時、スパダリは白い歯を煌めかせながら、水分塩分補給をさせてくれるのだろう。口移しで。
しかし残念ながら、僕も君もスパダリではなく。
冷蔵庫までの道のりを腹這いで行くしかなく。
ああだけど、せめてもあられもない格好で君と共にゆける事は幸福、と、呼ぶべきなのか。
けたたましいセミの鳴き声で迎える朝朗。
腹這いの状態のまま水分塩分補給をしたのち、必死になってあおむけの状態になって力尽きては、ひんやりとする複合フローリングに横たわる。
「このまま眠ったら僕も君も風邪をひくんじゃないかな」
「冷蔵庫の扉を閉めないと間違いなく風邪をひくな」
ああ、なんて、ロマンチック。
じゃないけれど。
「ねえ」
「ああ」
「曝け出しちゃったね」
「ああ」
「無様だったね」
「ああ」
「ねえ」
「ああ」
「「愛している」」
スマホのアラームは鳴り響き。
けたたましくセミは鳴いて。
クーラーは動きを止めて。
冷蔵庫の扉は開けたまま。
僕と君は意識を失った。
すぐ近くの海辺まで散歩をして、冷蔵庫に用意してあった珈琲を飲みながら朝日を一緒に拝もうというロマンチックな約束も果たせなかったね。
(2025.7.23)
薄明 藤泉都理 @fujitori
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