十五夜

月のない夜、堤防道路を歩くと、街の灯りが届かない闇部分が、私を招いている気がする。まっすぐに続く道の、ぼんやりと明かりが届いている一番先まで行き着けば、その先は漆黒の闇。手を伸ばせば暗やみを掴むことができる筈なのに、辿り着いたと思うと、私はやはり薄明かりに包まれ、闇は私のすこし先で、私を待っているのだ。

 堤防から降りて、岸辺に佇むと、水に映る街灯を見つめた。子どもの頃祖母から聞いた話を思い出した。

「水に映る満月を手ですくって飲み干すと、願いがひとつ叶う。けれどそのことは、誰にも話していけないよ。」

 土手を上りきり、再び道路を歩いた。十五夜まであと何日あるだろう。私はあの暗がりの向こう側へ行きたいと思った。いつまでも辿り着かないことに飽きていた。私はどこまで薄明かりを歩き続けるのか。行き先を夢見るうち、時間の経過が分からなくなっている。

 満月はよく晴れて、月はくっきりと美しい。待ちかまえていた私は、岸辺に立つと川の流れに揺れる月を見つめた。掌ですくった月もやはり揺れている。掌を口元まで近づけた瞬間、眼前が暗転した。

「おばあちゃん。」

「坊は何をお願いしたんだい?」

「僕はねえ、この道の暗がりの向こう側へ行きたいってお願いしたんだよ。」

 私は思いだした。あのとき、願いの通り、私は闇の世界に取り込まれ、果てるともなく閉ざされた世界を歩いていたのだった。そして、もう一度闇の世界から同じ願いを叶えて、祖母の元に戻った。祖母に願いを話した瞬間、私の体は水となって、この流れに身を任せている。今私は海へ海へと流されて行きつつあった。

川べりで祖母が悲鳴を上げているのが聞こえた。

「神隠し!」

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