第4話
海星からの連絡は、水曜日の午後十時半頃に来た。海星の依頼のために夜遅くまで事務所で、テレビゲームをしていたのは無駄にならなかった。連絡を受け、弥生はトレンチコートを羽織り、横井は黒のライダースにベージュのキャスケット帽を被り、車に乗り込む。一時間強、テレビゲームで負け続けていた弥生の運転は少し荒かったような気がしたので、初めてにしてはセンスがあると褒めておいた。
『昨日の夜から、やっぱり様子がおかしいみたいです。夜中に抜け出す可能性大らしい。』
『何時頃に抜け出すのか聞いとけばよかったなぁ。早く着いても仕方がねぇしよ。あのゲーム楽しかったのになぁ。』
弥生は、青に変わった信号を見て、アクセルを踏みながら口を尖らせる。30歳目前のこの男は、まだあんな時間潰しに執着していたのか。ほんとに殺し屋だったのだろうか。もしほんとだったら、ゲームと同じようにずるずる引きずって、まさに教会なんかで一日中懺悔していそうだが。
約二十分車を走らせ、海星から教えてもらった住所に着く。弥生らの事務所は比較的、賑わった街中に図々しく建っているが、ここは静かで、道が広々とした住宅街だった。紺色で、ボンネットに白い線が縦に入ったミニクーパーを少し離れた道端に止める。海星に到着したことを伝えると、私も、もうすぐ着く頃。と、うさぎが首を吊っているスタンプと共に返信が来た。横井は、スタンプの意図を汲み取るのに時間をかけたが、すぐに諦めた。数分後には、指定された家に、一台のタクシーが停まり、パーカーにピンクのロングスカートの海星が降りてくる。横井が、車の場所をメールで教えると、ゆっくり向かって来るのが後ろから見えた。
『キャバの帰りか?せっかくならもっと綺麗なドレスで来てくれたら、雰囲気味わえるのにな。』
『仕事以外では、気合い入れないでしょ。まだ、私と同じ22歳ですからね。そんな目で見るのは、よしてくださいよ。』
横井は、こっちに歩いて来る海星を片目に、嘲笑するが、間髪入れずに弥生に反論された。
『一緒するんじゃねぇよ。俺は、仕事っていうのが分からずに、本気でこの子と付き合えるじゃないのか。って思ってる自意識過剰で武勇伝しか語らない男は嫌いなんだよ。自分の話をここまで真摯に聞いてくれる人は他にいない。きっと俺に気があるんだ。と錯覚して、ブランド品を自信満々に捧げやがって。しかも、自分だけに優しいと思い込んでんだよ、仕事なのに、笑えるよな。養分の一部に過ぎないんだよ。だから、そんなやつと俺を一緒にするんじゃない。』
一通り吐き出すが、また弥生が息継ぎをしているのが見え、まだ終わらないのかと気が遠くなる。
『やっほー。早めに切り上げて帰ってきたんだぁ。あと、お客さんから高そうなお菓子貰ったからあげるよ。みんなで食べよ。』
横井は、後部座席から希望の光が射し、静かに過ごせることに安堵する。一方、振り向いてもらうために、必死に働いて稼いだ金で買った菓子を、見ず知らずの男に捧げているのを知って、弥生は可笑しかった。また、その男は、きっと海星が美味しそうに食べるのを勝手に想像するだろうが、現実では、男探偵二人の夜食として消費されていることを知らない。気分が良かった。
『言っただろ。養分なんだよ。これにいたっては、俺たちの養分になってる。』
中に入っているお高くとまったチョコレートの包装を剥がしながら嬉しそうに話す。
『金でも愛は買えないのかもね。』
横井が呟く。
『ごめんねぇ。お母さん、家出るの十二時くらいだと思うから、ちょっと早く連絡しちゃってた。』
『別にいいですよ。探偵は待つのが仕事ですから。』
三人は舌で、チョコレートを溶かしながら、車のラジオを聴いている。海星は、話の途中だったので、あまり理解していなかったのか。養分、養分。と呟きながらチョコレートの包装を剥がす。
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