第16話「13番目の感情」



「それが、13番目...」


空に浮かぶ巨大な時計盤。

12個の願珠が輝く中、中央だけがぽっかりと空いている。


創造の願珠――最後のピース。


「ピルル!でも、どこにあるピル?」


ミラクルバードが首を傾げる。

私たちは希望ヶ丘市を見下ろす丘の上に立っていた。


「どこにもないわ」


声の主は、銀髪の少女――ハーゼル。

彼女の隣には、純白に輝く竜が静かに佇んでいる。


「創造の願珠は、まだ存在しない」


ユイが眉をひそめた。

「存在しない?どういうこと?」


ハーゼルの瞳が、初めて優しく微笑んだ。


「作るのよ。新しい感情を」


ゴゴゴゴゴ...


大地が震え始めた。

空が真っ黒に染まり、巨大な影が現れる。


「久しぶりね、ウィッシャーたち」


低く響く声。

漆黒の鎧をまとった人影――ナイトメア団首領、ノクターン。


彼の周りには、無数の黒珠ペットが渦を巻いている。

その数、軽く1000は超えるだろう。


「創造の願珠を作る?無駄よ」


ノクターンが手を振ると、黒い稲妻が走った。


バリバリバリ!


「きゃあ!」


間一髪、レイのアイスオウルが氷の壁を作る。

でも、壁にはひびが入っていた。


「13の感情など、しょせん人間の幻想」


彼の声には、感情がない。

まるで機械のように平坦だ。


「感情を消せば、争いもなくなる」


「違う!」


私は願いブックを握りしめた。

画面に表示される12の感情ゲージ。


```

【感情ステータス】

希望 ■■■■■■■□□□ (7/10)

勇気 ■■■■■■□□□□ (6/10)

愛情 ■■■■■□□□□□ (5/10)

不安 ■■■□□□□□□□ (3/10)

怒り ■■■■□□□□□□ (4/10)

信頼 ■■■■■■■□□□ (7/10)

(他6種類も表示中)

```


「感情があるから、笑えるんだ!」


「笑う?」


ノクターンが首を傾げる。


「そんな無意味なことのために戦うのか」


黒い霧が広がり、願いペットたちが苦しみ始めた。


「ギャオ...」

「ラビ...」

「カメ...」


みんなの願いペットが膝をつく。

でも――


「無意味じゃない!」


私は叫んだ。


「みんなを笑顔にしたい!それが私の願い!」


瞬間、願いブックが虹色に輝いた。


『新規感情検出』

『名称:笑顔』

『登録しますか? Y/N』


「笑顔...?」


タケルが目を丸くした。

「そんなの感情じゃないだろ!」


「ううん、違う」


ハーゼルが前に出た。

「笑顔は、すべての感情が混ざった時に生まれる」


彼女の白竜が、美しく羽ばたく。


「希望があるから、未来に笑える」

「勇気があるから、困難を笑い飛ばせる」

「愛があるから、一緒に笑える」


一つ一つ、指を折りながら数える。


「不安も、怒りも、全部あってこその笑顔」


私は理解した。

13番目の感情は、12の感情すべてを包み込むもの。


「登録する!」


Yを押した瞬間――


ドカァァァン!


願いブックから、今まで見たことのない色の光が溢れ出した。

透明だけど、見る角度によって虹色に輝く。


「くだらない」


ノクターンが黒珠ペットたちに命じる。

「消してしまえ」


1000体の黒い獣が、一斉に襲いかかってきた!


「私も戦うわ」


ハーゼルが願いブックを取り出す。

彼女の感情ゲージは、すべて5で安定していた。


「感情に振り回されない。それが私のスタイル」


「ホワイト・ドラゴン!」


白竜が咆哮を上げる。

純白の炎が、黒珠ペットたちを包み込んだ。


「すごい...」


でも、敵の数が多すぎる。

次から次へと湧いてくる。


「ミラ!新しい感情を使って!」


ソウタが叫ぶ。

彼のニューホープが、透明な盾を作っていた。


そうだ、笑顔の力を――


願いブックに13個目のゲージが出現した。


```

【特殊感情】

笑顔 ■□□□□□□□□□ (1/10)

```


「どうやって上げるの!?」


「簡単よ」


ハーゼルが振り返る。

その顔には、今まで見たことのない表情があった。


本物の、笑顔。


「楽しいと思えばいい」


楽しい?

こんな絶体絶命の状況で?


「できるわけ――」


「ピルル〜!ミラ、見てピル!」


ミラクルバードが、くるくると宙返り。

失敗して、ぽてんと落ちた。


「あはは!何やってるの!」


思わず笑ってしまった。


笑顔ゲージが少し上昇。

■■□□□□□□□□ (2/10)


「そうそう、その調子」


「なるほど、そういうことか!」


タケルがニヤリと笑う。

「おい、ファイヤートカゲ!」


「ギャオ?」


「特訓の時みたいに、火の輪くぐりやってみろ!」


ファイヤートカゲが自分の炎で輪を作り、勢いよく飛び込む。

見事に成功――と思ったら、お尻に火がついた。


「ギャオオオ!」


慌てて走り回る姿に、みんなが吹き出した。


「ぷっ...あははは!」


笑顔ゲージが急上昇!

■■■■■□□□□□ (5/10)


「いいぞ、その調子だ!」


レイも珍しく口元を緩めている。

「アイスオウル、氷の滑り台を」


「ホゥ!」


氷の滑り台ができた瞬間、ユイのブレイブラビットが勢いよく滑る。

途中でコントロールを失い、雪だるまみたいに転がった。


「ラビ〜!」


「ユイ、大丈夫!?」


心配して駆け寄ったら、ユイも雪まみれで笑っていた。


「なんか...楽しくなってきた!」


笑顔ゲージがついにMAXに!

■■■■■■■■■■ (10/10)


「信じられない...」


ノクターンが初めて動揺を見せた。

「戦いの最中に、笑っている...?」


「そうよ」


私は前に出た。

13個目の感情が、体中を巡る。


「つらい時こそ笑うの。それが人間!」


ミラクルバードが進化の光に包まれた。

いや、違う――みんなの願いペットが同時に光り始めた!


「これは...!」


『笑顔シンクロ・バースト』

『全員の感情が笑顔で繋がります』


虹色の光の糸が、仲間たちを結んでいく。

ハーゼルも、その輪の中に入った。


「一緒に戦えて、嬉しい」


彼女がそう言った瞬間、白竜が巨大化した。


「行くよ、みんな!」


全員の願いペットが、一つの巨大な光になる。

それは竜のような、鳥のような、すべての生き物を合わせたような姿。


『13感情獣(エモーション・キメラ)』


12の感情と、新たな「笑顔」が完璧に調和した姿だった。


「ゼロ・フィールド!」


ノクターンが最強の技を放つ。

すべての感情を無にする、灰色の波動。


でも――


「効かない!?」


13感情獣は、透明な光をまとっていた。

笑顔の力が、ゼロ・フィールドを跳ね返す。


「笑顔は消せない」


私は確信を持って言った。

「だって、無の中にも笑顔は生まれるから!」


「ミラクル・スマイル・ブラスト!」


13感情獣の口から、虹色の光線が放たれた。

それは攻撃というより、温かい光のシャワーのよう。


光がノクターンを包む。

黒い鎧にヒビが入り始めた。


「ば...ばかな...」


彼の声に、初めて感情が混じった。

驚き、そして――


「なぜだ...なぜ、心が...」


パリン!


透明な宝石が、空から降ってきた。

創造の願珠。


でもそれは、誰かを倒して奪うものじゃなかった。

新しい感情を生み出した瞬間に、自然に生まれたもの。


「13個目...」


願珠を手に取る。

温かくて、軽くて、なんだかくすぐったい。


「ふ...ふふ...」


ノクターンが、低く笑い始めた。

初めて見る、彼の笑顔。歪んでいるけれど。


「13個、集まったか」


黒い鎧が剥がれ落ちていく。

中から現れたのは、普通の青年だった。


「だが、知っているか?」


彼の目が、不吉に光る。


「13の願珠が揃った時、世界の感情は暴走する」


「え?」


「1000年前と、同じように――」


そう言い残し、ノクターンの姿が霧のように消えた。

残された黒珠ペットたちも、浄化されて元の姿に戻っていく。


でも、彼の言葉が頭に残った。


世界の感情が、暴走する?


「やった!13個全部揃った!」


タケルが飛び跳ねる。

でも、ハーゼルは複雑な表情をしていた。


「ミラ、気をつけて」


「何が?」


「願珠は諸刃の剣。使い方を間違えれば...」


彼女の言葉は、風に流された。


願いブックが激しく振動する。

13個の願珠が、勝手に光り始めた。


『警告:エモーション・オーバーロード』

『世界規模での感情暴走が予測されます』


「えええ!?」


画面に世界地図が表示される。

各地で、赤い点が点滅し始めた。


東京、ニューヨーク、ロンドン、パリ...


「これって...」


「始まったのね」


ハーゼルが空を見上げる。

「1000年ぶりの、感情の大災害が」


13個の願珠が、空に向かって光を放つ。

それはまるで、世界に向けた狼煙のようだった。


私たちの本当の戦いは、これからだ。


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