第12話「ハーゼルの過去」
スマホが震えた。
時計を見ると、夜中の2時。
差出人は――ハーゼル。
『屋上で待ってる。一人で来て』
短いメッセージに、胸がざわついた。
そっとベッドを抜け出し、パジャマの上にパーカーを羽織る。
フェニックス・ミラージュは、小さくなって私の肩に止まっていた。
「一緒に行くよ」
その声に、少し安心した。
屋上のドアを開けると、ハーゼルが柵にもたれて立っていた。
銀髪が月光を反射して、幻想的に輝いている。
「来たのね」
振り返った彼女の瞳に、涙の跡があった。
「ハーゼル...?」
「見せたいものがあるの」
彼女が願いブックを取り出した。
でも、それは私のものとは違う。
真っ黒で、ところどころにヒビが入っている。
「これが、私の願いブック」
画面には、何も映っていなかった。
「私も、ウィッシャーだった」
ハーゼルが静かに語り始めた。
「2年前、12歳の時に覚醒したの」
彼女の頭上に、薄っすらと影が現れる。
ドロドロした黒い塊――今の願いペットの姿だ。
「最初は違ったわ。白くて、美しい蝶だった」
『ホープバタフライ』
希望の蝶。それが彼女の相棒の名前だった。
「親友のリナと一緒に、願いを守って戦ってた」
ハーゼルの声が震える。
「でもある日...」
風が強くなってきた。
ハーゼルの髪が激しくなびく。
「大きな戦いがあったの。ナイトメア団の幹部3人を相手に」
彼女の願いブックが、微かに光った。
過去の映像が、薄っすらと空中に映し出される。
そこには、必死で戦う幼いハーゼルの姿があった。
「勝てないと思った。リナが危ない時...」
映像の中で、ハーゼルの感情ゲージが異常な数値を示していた。
```
希望 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ (20/10)
不安 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ (20/10)
怒り ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ (20/10)
```
「全ての感情が、限界を超えて暴走した」
映像が激しく歪む。
ホープバタフライが、巨大な光の竜巻となって全てを飲み込んでいく。
敵も、味方も、区別なく。
「やめて!ハーゼル!」
映像の中で、リナが叫んでいた。
でも、暴走は止まらない。
そして――
リナの願いペット、小さな光のウサギが、竜巻に巻き込まれて消えていく瞬間が映った。
「リナの願いが...消えた」
ハーゼルの頬を、涙が伝った。
映像が消えた。
屋上に、重い沈黙が流れる。
「リナは、願いペットを失って...普通の生活に戻った」
でも、心に深い傷を負ったまま。
「私のことも、ウィッシャーのことも、全部忘れてしまった」
ハーゼルの願いペット、黒い塊が悲しそうに震えている。
「その日から、ホープバタフライはこの姿に...」
希望を失った、哀れな姿に。
「だから、ナイトメア団に入った」
彼女の目が、決意に満ちる。
「感情なんて、人を傷つけるだけ。願いなんて、悲劇しか生まない」
「でも、あなたは違うと思ってた」
ハーゼルが一歩前に出る。
「11個も願珠を集めて、仲間を傷つけずに戦えてる」
黒い願いブックが、不気味な光を放ち始めた。
「だから、確かめたい」
彼女の全身から、黒いオーラが立ち昇る。
「あなたは本当に、感情をコントロールできるの?」
『特殊バトルモード:エモーション・ゼロ』
空間が歪み、特殊なフィールドが展開された。
「このフィールドでは、感情ゲージが使えない」
確かに、私の願いブックの表示が消えている。
「純粋な意志の力だけで、戦ってみて」
黒い蝶――いや、もはや蝶の面影もない願いペットが、襲いかかってきた。
「ダークネス・ドレイン!」
黒い触手が、フェニックス・ミラージュを捕らえようとする。
でも――
「避けて!」
フェニックス・ミラージュが、優雅に舞い上がった。
感情ゲージがなくても、心は繋がっている。
「ミラージュ・フェザー!」
虹色の羽根が、黒い触手を切り裂いた。
ハーゼルの目が見開かれる。
「どうして...感情なしで技が...」
「感情ゲージは、ただの目安だよ」
私は真っすぐハーゼルを見つめた。
「本当の絆は、数字じゃ測れない」
フェニックス・ミラージュが、優しく鳴いた。
その声が、ハーゼルの心に響いたようだった。
黒い願いペットが、一瞬動きを止める。
「リナとの絆も、消えてないよ」
私の言葉に、ハーゼルが震えた。
「だって、今でも泣いてる」
激しいバトルが続いた。
でも、次第にハーゼルの攻撃が弱くなっていく。
「私は...許されない...」
「ううん、違う」
私は首を振った。
「ハーゼルは、ずっと苦しんでた。それが証拠だよ」
フェニックス・ミラージュが、ゆっくりと黒い願いペットに近づいた。
「まだ、やり直せる」
その瞬間、黒い塊の中に、小さな白い光が見えた。
蝶の羽根の、ほんの一部。
ホープバタフライの、最後の欠片だった。
「見て、まだ希望は残ってる」
私が指差すと、ハーゼルの目から大粒の涙があふれた。
「本当に...?」
エモーション・ゼロフィールドが解除された。
ハーゼルの願いブックに、小さな表示が現れる。
```
希望 ■□□□□□□□□□ (1/10)
```
たった1。でも、確かにそこにある。
「ミラ...」
ハーゼルが崩れるように座り込んだ。
私は隣に座り、そっと肩を抱いた。
朝日が昇り始めていた。
オレンジ色の光が、二人を優しく包む。
「私、もう一度やり直したい」
ハーゼルが顔を上げた。
その瞳に、2年ぶりの輝きが戻っていた。
「ナイトメア団のこと、教える」
彼女が立ち上がる。
「ノクターンは...元々は最強のウィッシャーだった」
衝撃の事実だった。
「でも、ある事件をきっかけに、全ての感情を捨てた」
だから、完全な「無」を操れるのか。
「最後の2つの願珠の場所も知ってる」
ハーゼルが私の手を取った。
「一緒に戦わせて」
黒い願いペットの中で、白い光が少しずつ大きくなっていく。
いつか、また蝶に戻れる日が来るかもしれない。
「うん、一緒に頑張ろう」
握手を交わした時、12個目の願珠への手がかりが見えた気がした。
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