第6話「炎と氷の感情共鳴」



「燃えるぜぇぇぇ!」


タケルの叫び声が、体育祭の会場に響き渡った。


全身から噴き出すオレンジ色のオーラ。その頭上で、ファイヤートカゲが激しく身をよじっている。


「ギャオオオオ!」(熱い!もっと熱く!)


小さなトカゲの体が、みるみる大きくなっていく。背中から炎のたてがみが生え、鋭い牙が伸びた。


「進化...してる!?」


私、願野ミラは息を呑んだ。こんなに早く願いペットが進化するなんて。


借り物競走の真っ最中。タケルが引いたカードには『冷たい心を持つ人』と書かれていた。


「くだらない」


図書室の隅で、一人の少女が本を閉じた。

氷のように透き通った青い瞳。肩まで伸びた銀青色の髪。


氷室レイ。1年4組の秀才。


「借り物競走で『冷たい心』? そんなもの、存在しない」


彼女の頭上で、小さなフクロウが首を360度回転させた。

純白の羽毛に、氷の結晶のような模様。アイスオウルだ。


「ホゥ...論理的じゃない」(データにない感情)


タケルが図書室に飛び込んできた。

「お前だ!冷たそうな奴!」


「...は?」


レイの眉がピクリと動く。


「一緒に来てくれ!頼む!」


「断る」


即答だった。


でも、タケルは諦めない。

「俺、運動は苦手だけど、体育祭で一位になりたいんだ!」


彼の感情ゲージが見える。


```

【タケルの感情ステータス】

勇気 ■■■■■■■□□□ (7/10) 赤色

怒り ■■■■■■□□□□ (6/10) 橙色

希望 ■■■■■□□□□□ (5/10) 金色

```


「なぜ?」


レイが初めて興味を示した。


「みんなに...ヒーローだって証明したいから!」


グラウンドに戻る途中、異変が起きた。


黒い霧が地面から湧き上がる。

「またナイトメア団か!」


霧の中から、巨大な黒いクモが現れた。

八本の足それぞれに、生徒の顔写真が貼り付けられている。


「ケケケケ...感情を集めさせてもらうよ」


不気味な声。誰かの願いペットが黒珠化したものだ。


「ミラクルバード!」


私の相棒が飛び立つ。第5話でレインボーウィングに進化した姿は、前より頼もしい。


「虹の架け橋、つなげるわ!」


七色の光線がクモに向かって放たれる。


でも――


「ケケケ!感情を食べさせてもらう!」


クモの体が光を吸収してしまった。


「なんで!?」


「感情吸収タイプね」


レイが冷静に分析する。


「単純な感情攻撃は逆効果。もっと...」


彼女の知恵ゲージが上昇。

■■■■■■■□□□ (7/10)


「複雑な感情の組み合わせが必要」


「へっ、難しいことは分からねぇ!」


タケルが前に出た。

進化したばかりのブレイズドラゴンが、炎を噴き上げる。


「ドラゴンフレア!」


巨大な火球がクモに直撃。

でも、またしても吸収されてしまう。


「ケケケ!美味しい怒りの炎!」


「くそっ!」


タケルの怒りゲージが急上昇。

■■■■■■■■□□ (8/10)


危険域に近づいている。


「落ち着いて」


レイが静かに言った。


「怒りだけでは勝てない。冷静に...」


「冷静になんかなれるか!みんなが危ないんだぞ!」


その瞬間だった。


タケルの熱い怒りと、レイの冷たい知恵が、空中でぶつかった。


オレンジと青の光が、激しく反発しあう。

火花が散り、空気が震えた。


「なに...これ」


願いブックが激しく振動する。


『特殊条件達成:正反対の感情激突』

『新システム解放:感情共鳴バトル』


「面白い」


レイの瞳に、初めて感情の光が宿った。


「炎と氷。相反する力の衝突が、新しい可能性を生む」


彼女の信頼ゲージが出現。

■■■■□□□□□□ (4/10)


「あなた、バカだけど...嫌いじゃない」


「は?今なんて?」


タケルが振り返る。


その瞬間、二人の願いペットが共鳴し始めた。


ブレイズドラゴンの炎と、アイスオウルの氷が、螺旋を描いて混ざり合う。


『複合技解放:メルト・インパクト』


「これは...!」


炎でも氷でもない、新しい力。

高温の水蒸気が、超高圧で凝縮されていく。


「行くぞ!」

「ええ」


二人が同時に叫ぶ。


「「メルト・インパクト!」」


凝縮された蒸気の弾丸が、音速を超えて発射された。


ドゴォォォォォン!!


巨大な爆発。

黒いクモが、一瞬で蒸発する。


「ケケ...ケ...」


断末魔すら最後まで言えなかった。


衝撃波で、体育祭のテントが吹き飛ぶ。

観客席から悲鳴が上がった。


「やりすぎたかも...」


レイが珍しく汗をかいている。


でも、空から美しい虹がかかった。

水蒸気が太陽光を屈折させて、七色の橋を作ったのだ。


カラン。


緑色の宝石が落ちてきた。


『成長の願珠、獲得』


「すげぇ...俺たち、すげぇことやった!」


タケルが興奮している。

ブレイズドラゴンも、誇らしげに胸を張った。


「確かに。予想以上の威力だった」


レイが眼鏡を直す。

(あれ?眼鏡なんてかけてたっけ?)


「でも」


彼女の表情が、また冷たくなる。


「これは偶然。再現性がない」


「なんだと!?」


「データを集める必要がある。あなたとの...協力も」


レイの頬が、ほんの少し赤くなった。

氷の少女にも、温かい感情があるんだ。


「おーい!」


ユイが走ってきた。


「体育祭、中止になっちゃった!」


確かに、グラウンドには巨大なクレーターが...。


「ふぅん」


屋上から見下ろす人影があった。


黒いローブに身を包んだ男。

ナイトメア団幹部、ランゲル。


「感情共鳴...予想より早い」


彼の横に、別の影が現れる。


「楽しくなってきたわね」


ハーゼルだった。

相変わらず、どっちの味方か分からない。


「計画に支障は?」


「ないわ。むしろ好都合」


ハーゼルの唇が歪む。


「強い感情ほど、堕ちた時の絶望も深い」


ランゲルが杖を掲げる。

黒い稲妻が、空を切り裂いた。


「次は私が相手だ。法の名において、裁きを下す」


夕暮れ。

保健室で手当てを受けながら、作戦会議。


「6個目の願珠か」


私は緑の宝石を見つめる。

残り7個。折り返し地点を過ぎた。


「ねぇ、レイも仲間になってよ」


「...条件がある」


レイが真剣な表情で言った。


「データを取らせて。感情の数値化、願いペットの進化条件、全て」


「なんか実験動物みたい...」


ユイが不安そうにつぶやく。


「違う」


レイの瞳が、また少し温かくなった。


「理解したいの。この不思議な力を。そして...」


アイスオウルが、静かに羽ばたく。


「友達というものも」


願いブックに、新しいページが追加された。


『感情共鳴リスト』

- 炎×氷=メルト・インパクト(解放済み)

- 光×闇=???

- 希望×絶望=???

- 他多数


「すごい...こんなに組み合わせが」


「問題は」


レイが画面を指差す。


「ここ。『地下研究施設』の文字が見える」


確かに、うっすらと文字が浮かんでいる。

まるで、次の目的地を示すように。


「学校の地下に...何かある」


嫌な予感がした。

第4話でヴェルモットが言っていた『黒珠工場』...。


窓の外で、カラスが不気味に鳴いた。

いや、違う。あれは――


ヤミフクロウだ。


明日、私たちは地下への扉を開くことになる。


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