第30話

友人二人には先に帰ってもらい、教室に嘉根さんと二人で残った。福田くんは心配そうに、相澤くんは不服そうにそれぞれ僕を見つめていたが、何かあれば連絡すると伝えると、納得はしていなさそうだったがその場を離れてくれた。

嘉根さんはというと、目の前で気分のいいとは言えない行動を取られているのにニコニコと笑っていた。その予想外の表情に少し寒気がする。掃除後の一番きれいな教室で、廊下側の机に荷物を置いて誰の席かもわからない椅子に座る。

何から話せばいいのか考えていたら、先に口を開いたのは嘉根さんだった。


「悠くんが佐々木先生にお話を聞いてくれている間、私もクラスの人たちに山本先生の事を聞いてきたの。忘れ物が多いことで舐めた態度を取った事はあるけれど、いじめというようなものでは無いと思う。私が聞く限りね」


僕らがこの夏休みの騒動の元凶が嘉根さんだと知っていることを知らず、以前までの様に報告を兼ねた会話をしてくる。僕は気まずさから全て話してしまおうと思った。このまま誤魔化し続けるのは嘉根さんを騙しているようで心苦しい。


「あの、嘉根さん。もう、やめにしない?」

「……何を?悠くんは夏休みが無くなってもいいの?もうA組にかけられた冤罪の類を覆す証言は集まったんだから、後はまとめて報告すれば……」

「嘉根さんが、仕組んだんだろう。この騒動。正直に話してくれるとありがたい」

「……何の話かな?仕組んだなんて人聞きの悪い言い方、キミらしくもない」


嘉根さんの目が細まり、僕を見る目が少しキツくなる。整った顔から表情が抜け落ちる様がこれほど恐ろしいとは、十数年生きて初めて知った。しかし、ここで怯んでも仕方ないので証拠を突きつける様にして話をする。


「例えば、サッカー部の川中くんが井戸の蓋を壊したとされた件、あれは全部不自然だった。普段は一年の面倒なんてみない川中君がその日だけ顧問に指示されていたこと。井戸の蓋は直接ボールの当たらない角度にあった事。喫煙室にいない乙訓先生が丁度タイミング良くいたこと。」

「……頼む人、間違えちゃったかな」


僕に言われているのだと思い、ムッとして机の上で組んだ手を見ていた目線を上げて嘉根さんの顔を見ると、想像していた僕を責めるような目はしておらず、諦めたように窓の外を見ていた。

僕が掛ける言葉に悩んでいると、廊下から誰かがこちらへ向かってきている音が聞こえた。靴の音はまっすぐとこちらへ向かってきている。やましいこともないが少し身構えていれば、ガラリと音を立てて入ってきたのは佐々木先生だった。

一度職員室へ向かった先生が教室に戻って来る事は珍しい。友人らから何か言われてきたのか分からないが、嘉根さんと僕が座って話をしていることに対して驚くことも無く、教壇の横にある教師用のキャスター付きの椅子を転がしながら僕らの横に腰かけた。


「……佐々木先生、何の御用ですか」

「いや?生徒が困っているようだったから、担任として話を聞いてやろうと思って。」


嘉根さんは恨めしそうに佐々木先生を睨んでいる。先生のことが苦手だと聞いていたが、理由までは聞いていない。乙訓先生のことは苦手だといっていなかったので、何か理由があるんだと思う。

僕はもう全員知っているのだから、と思い佐々木先生に話しかける。


「嘉根さんに話をもらった件、もう全てお話ししてもらおうと提案をしているところです」

「お前、なかなか大胆だな。まぁいい。教師の俺が仲介人となってやろう。」


佐々木先生はそういって、バインダーから数枚の資料を取り出して机に並べ始めた。どれも教師に宛てられた連絡のプリントのようだ。


「これを企てたのはお前だな?」


先生が指しているのは一番上にあるプリントの太文字で書かれた部分、二年A組の夏季休暇の件、と書かれている。下に続く小文字は、度重なる素行不良に反省の色が見られないので夏季休暇の半分で補習を行うという内容が書かれていた。

嘉根さんはチラリと一瞥して、腕と足を組んで話し始めた。


「えぇ、そうですけど。佐々木先生がお気づきになるとは思いもよりませんでしたが」

「俺も教師なんでな。生徒の相談には乗るし、補習分の課題の作成もある。」


先生は顔を顰めて胸ポケットから電子タバコを取り出しかけて、やめた。寸でのところで理性が働いたのだろう。嘉根さんはチッと小さく舌打ちをした。


「どうしてこんなことをしたんだ、といってもおおかた予想はついているんだが」

「予想がついているならイイじゃない。話す事なんてないわ」


僕は嘉根さんの見たことも無い表情や態度に恐れを感じていた。女性というのは二面性があると話に聞くが、こういった事を言うのだろうか。急に腕を組んできたり、下の名前で呼んできたりと急に距離を縮めてきた彼女が、こうも横柄な態度を取る人だったとは。

嘉根さんの知らない一面に呆然としていれば、バッチリ彼女と目が合う。途端に、彼女は組んでいた足をおろして、手も解き、とてつもない速さで僕の座る場所へと上半身を傾けてくる。


「違う、違うの悠くん。悠くんと一緒にお話ししたかっただけなの。お願い、嫌いにならないで。悠くん。一緒にご飯を食べて、一緒に歩いて帰りたかっただけなの。悠くんの事、人づてじゃなくて直接知りたくなって、それで。」


突然早口で捲し立てられ、上半身をそらして距離を取る。間に座ってくれたはずの佐々木先生は、嘉根さんを抑えることはせずに静観を決めている。僕は嘉根さんの肩を軽く押して、離れてほしい事を伝える。


「何を必死になっているのか分からないけど、一緒にご飯も食べたし帰りもしたじゃないか。他に気になることがあるなら直接答えるから、今はとにかく落ち着いて。」


そういうと、嘉根さんは少しうつむいて小さな声でうん、と言い座っていた椅子へと戻った。佐々木先生は死んだ目で僕らを眺めており、ため息を一つ吐いた後に机に置かれた別のプリントを並べ始めた。盗み見ると、それぞれの件についてまとめられており、佐々木先生が答え合わせを行おうとしているのだと察した。

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