第29話

遂に四限目の終わりを告げるチャイムが鳴った。僕は集中して塾の課題を全て終わらせることができたが、相澤くんや福田くんは集中できなかった様でスマホをいじっていた。佐々木先生もノートパソコンを閉じて、腕をゆっくりと上げて伸びをした後、大きなあくびまでしていた。


「教室帰るぞ。片付けはちゃんとしろよ」

「はーい」


間延びした返事を返す福田くんも、眠気に抗って目を擦っている相澤くんもあまりゴミを出さなかった様で、一、二限目に食べた冷凍食品らのゴミを片付けるだけで終わった。佐々木先生は棚から、消臭と書かれたスプレーをふりたくり、鼻を一度鳴らしてニオイを確認したのち、荷物をまとめ始めた。僕らもカバンに持ち物を全て入れて、廊下へと出る。佐々木先生がキチンと鍵を閉めたのを確認して、そのまま全員で教室へと向かった。


「それにしても、非日常感がスゲェや」

「どうして?」

「ササセンと学校で飯食う日があるなんて思いもしなかった。夏休みが無くなるとか、クラスメイトがヤベェ奴かもしれないとか」

「悠はこんなこと、一人で彼女と抱えてたんでしょ?ストレス凄かったんじゃない?」

「え?ストレスはあまり無かったかな。それより焦りが強かった。夏休みが無くなってしまったら夏期講習を受けられないし、かかった費用が無駄になってしまうから」

「ははっ、悠君らしいや」


三人で笑いながら廊下を歩いている後ろを、連絡事項を確認しながら佐々木先生が歩いている。熱心に見ていたバインダーを閉じて、先生が口を開く


「……そろそろ教室着くから静かにしとけ。三人別々に面談してた体にするからな」

「了解です」


僕らはきゅっと顔を引き締めて気持ちを切り替える。教室の戸を開ければ、今朝と変わらないメンツが自習を終えてカバンを机の上に置き、帰宅の時間を今か今かと待ち侘びている様だった。

僕らもそれぞれ席に着き、佐々木先生が教壇に立って話を始める。


「長い間自習お疲れ様。質問があったのに聞けなかった人は、放課後も先生はいるから残って聞いてくれて構わない。それから今日登校できなかった人たちには簡単な課題が渡される事になったから、来れたのに来なかった人を責める事はしないでくれ。じゃあ今日は帰っていいぞ。明日は終業式と夏休み課題の配布があるから忘れずにくる様に。芽島、号令頼む」

「起立、礼、ありがとうございました」


教室に残っていた数名のクラスメイトは、伸びをしながらさっさと出て行った。僕は嘉根さんに話しかけられると、どんな顔をして話せばいいのか分からなくなってしまったので、意識して避ける様になった。

掃除をしようと机を動かしていると、嘉根さんが近づいて来るのが見えた。山本先生を休職に追い込み、乙訓先生の娘さんに危害を加えた可能性がある人間だと思うと、気付かないうちに指先が震えている。

嘉根さんが机二つ分の距離にまで近づいたところで、福田くんと相澤くんが先に僕に話しかけてきた。


「悠、いつもの掃除?手伝うよ」

「三人でやれば早いからな!」

「ありがとう、助かるよ」


嘉根さんのことはあまり知らないが、ここ最近よく一緒にいたおかげで案外人見知りをする事を知った。友人二人が話しかけてくれたので、嘉根さんは端麗な顔を歪ませて教室から出て行ってしまった。


二人は周りを警戒しながらも、本当に掃除を手伝ってくれ、あっという間に掃除が終わった。日誌は自習時間に書き終えていたので、先に佐々木先生に渡してある。掃除道具を片付けて、久々に帰りに遊びに行こうという話をしながら教室を出れば、嘉根さんが待ち受けていた。


「悠くん、話したいことがあるんだけど」


廊下を塞ぐ様に嘉根さんが立っており、横をすり抜けられるだろうが、それをさせない威圧感が彼女にはあった。友人二人には先に帰ってもらって、僕だけ話そうと思えば、先に口を開いたのは福田くんたちだった。


「あれ?嘉根さん?普段お掃除なんてしないのに、どうしてこの時間まで残ってるの?」

「電車も止まっているのに、今日はわざわざお車でお越しになったんですか?」


先生相手にもタメ口を使う相澤くんが、敬語を使っているところなんて初めて見た。二人は僕を挟んで目の前の嘉根さんに威嚇する様に話しかける。

対する嘉根さんはというと、不機嫌さを隠すことなく腕を組んで指をトントンと動かしている。

確かに、嘉根さんからすれば僕は協力者であったはずなのに、突然こんな態度を取られれば怒りもするだろう。佐々木先生の話を信じるのならば、嘉根さんは僕のことを好いてくれている。きっと僕が傷つくことはないだろうと信じて、話す事にした。


「……そうだよね、ごめん。ちゃんと話そう」

「悠!」


友人二人は僕が危ないことをしようとしているとでも思っているのか、目を見開いて止めてくる。しかし、この状態の嘉根さんを放置する方が不味いと思うので、学校内で話し合うことを条件にした。

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