第23話

佐々木先生は重要な単元を教えるときの様に真面目な顔で僕に問いかける。僕は考えるまでもなく、ずっと怪しいと思っていた人間の名前を挙げる。


「乙訓先生、ですよね」

「あぁ。そうだ。乙訓先生が普段は利用しない喫煙室になぜかいた点、サッカーボールは一度跳ね返らないと井戸の蓋に辿り着きもしない点、そして喫煙室からはサッカー部の練習がよく見える点を考えれば、怪しくなるのは乙訓先生だ」


佐々木先生の推理も僕の推理も似たようなものなので、異論はないが疑問が残る。僕は控えめに手を挙げて先生に質問をする。


「あの、先生。乙訓先生にとって川中君は自分のクラスの生徒です。わざわざ自分の担当するクラスの生徒を陥れるような事をするでしょうか。」

「そこなんだよ。俺はそこに嘉根が絡んでいると見ている。仮とはいえ、担任を受け持つクラスの評判を落としてでも従わなければならないナニカがそこにあったんじゃないか」


先生は丁度食べごろにまで冷めたピザを実験で使うのであろう切れ味のないナイフで押し付けるようにして切り分けて口に運ぶ。皿を差し出されたので、僕も遠慮なく頂くことにした。学校で、それも授業時間中にお弁当でもない食事をするのは、かなりの背徳感を感じた。伸びるはずのチーズはすっかり時間が経過したことでブチブチとちぎれてしまった。


「……乙訓先生の娘さんの事件も、その、嘉根さんが関わっているのでしょうか」

「そのあたりは分からないが、俺は関わっていてもおかしくはないと考えている。だがまぁ、あの事件は立派な猟奇殺人事件だ。俺たちみたいな探偵ごっこじゃなく、れっきとした警察の方々による捜査が行われている。出る幕ではないのは、お前も分かっているよな」


言外に関わるな、と言われているような気がして口を噤む。クラスメイトを証拠もなく殺人犯扱いするのは僕らしくもない。失われかけている倫理観に気がついて、思わず深呼吸を数回繰り返す。僕は警察に頼まれた少年探偵団でもない、ただクラスメイトに協力を仰がれただけの人間だ。そのことを忘れてはならない。僕には逮捕権も、人を責め立てる権利もない。

数回深呼吸を続け、お茶を飲めば少しだけ気分は落ち着いた。佐々木先生は僕が気分を落ち着けるのをジッと見つめていたようで、少し気恥ずかしさを覚える。


「落ち着いたようで何よりだ。まぁ、なんだ。お前も災難だよな。夏休みが終わればクラス替えも視野に入れるよう言っておくからさ」


佐々木先生はそう言い、また冷めたピザを手に取った。

窓に何かが当たる音が聞こえたかと思えば、ザァザァと大雨が天気予報通りに降り出した。

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