驚きには疑惑を

 何事にも疑ってかかるというのは大事な事だ。高校生にもなれば、自然と理解できるようになってきた。嬉しい予兆があったとして、それが本当にそのまま受け入れていい出来事なのかは見極めないといけない。


 この、下駄箱の中に入っていた謎の手紙だってそうだ。見た目はラブレター。中身を見てみても、しっかりラブレター。だけど、宛先も差出人もわからない。明らかに怪しい。


 慌ててはいけない。まずは回収して、制服のポケットに突っ込んだ。浮かれてはいけない。あまりにも心当たりがなさすぎるからだ。


 とはいえ、朝からこんなイベントが起こるとは思っていなかったから、若干心臓が跳ねている。何回も、その文面を見返してしまう。


『あなたに、話したいことがあります。もしよければ、昼休みに校舎裏まで来てください』


 丸みのある、どう見ても女子の字で綴られた、シンプルな言葉。ポケットにしまっても、頭の中で繰り返されてしまう。だけど、落ち着いた方がいい。昼休みにならないと、真偽はわからないのだから。


***


 昼休みのチャイムが鳴った瞬間、俺は席を立ち、急いで目的の場所へ向かった。とはいえ、校舎裏といってもいくつかある。俺の学校には、横に並ぶ新校舎二棟と旧校舎が一つ。どの裏かは書いてなかった。


 最初に向かったのは、旧校舎裏。ここなら人が来ることはほとんどないから、呼び出しの場所にちょうどいいはず。そんな場所を、隠れるように覗き込んだ。……誰もいない。五分ぐらい待ってみたけど、誰も来ない。ここじゃなかったかもしれない。


 俺にとっても、本当に大事な話なら、待たせてしまうのが申し訳ない。急いで新校舎の方に向かった。教室に隣接してる側だから、窓から誰かに見られるかもしれない。それを避けて、窓側を歩く。……ここにもいない。なら、最後の場所だ、急ごう。


 腹が減ったことを忘れて、ダッシュで向かう。こういう時は運動部に入っていて良かったと思う。インドアな球技だけど、そんなのどうでもいい。だけど……最後の場所にも、誰もいなかった。その時、予感が的中したことを知る。遊ばれ、嵌められたのだと。


 怒りがおさまらなかった。教室に戻る途中、クラスメイトの女子を睨みつけてしまった。少し、怖がらせてしまったかもしれない。あの子じゃないかもしれないのに。


 席に戻った時には、昼休みは残り二十分しかなかった。疲れたしムカついたから、さっさと弁当を食べよう。そんな時、声をかけられた。


「ねぇ、佐藤。さっきまでいなかったけど、どこに居たん?」


 お互い、顔を知っているという程度のクラスメイト。そんな、普段接点のない奴。別に仲がいいわけでもない。放課後、遊びに行くような相手でもない。そんな奴がわざわざ話しかけてくる理由。……一つしか考えられない。


「別に? ちょっと散歩」


「……ふぅん」


「なぁ、お前ってさ」


「あ?」


「女子みたいな字、書くんだな」


「はぁ? なんの話だよ」


「知らねぇ。腹減ってるからあっちいけ」


「……あっそ」


 かわいそうなものを見るかのような顔で、そのまま立ち去ったクラスメイト。……いや、そういうことじゃないかも知れない。


 立ち去る時に聞こえてしまった一言。聞こえない方がよかったとさえ思ってしまう言葉。


「……もったいねぇな」


 その真意が気になって、後ろ姿を目で追ってしまう。その向かう先は、席に座ってうつむいた女子。さっき睨みつけてしまった子だ。


 宥めているように見えた。女子が、首を振ったり頷いたりしてる。しばらくすると、明らかに泣きそうな顔で教室を出て行ってしまった。


 普段、誰とも話さない高校の教室。その片隅で、必死でその姿を忘れようとスマホのアプリを無心で進めている。


 だとしても……だとしても、結局、どこで待ってたんだよ。あの子がってことが合ってたとして、まさか……俺と同じように走り回ってたんじゃ……


―――(了)―――

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