ちょっとした破滅のような

夢真

焼肉の後で

 今日という日を楽しみにしていた。仕事は昨日の時点で、ある程度済ませておいたし、定時で帰ると予め宣告しておいた。抜かりはない。


 待ち合わせの場所に向かう間、数日前に焼肉しようと呼びかけたメッセージを見返した。そこには、ばっちり快諾してくれている相手の返信。


 予約をした事だってしっかり伝えてある。もう何回か一緒に行ったことがある場所だけど、久々に行きたくなったのだ。


 気がつけば、今日の目的地。『大衆すき焼き なかい』。名前にはすき焼きとあるけれど、焼肉やしゃぶしゃぶも扱う、庶民的で使い勝手のいいお店だ。


 最近は猛暑だから、さっさと涼もう。昨日は雨だったから、全然マシだけど、それよりも腰を下ろしたい。


「どーも……」


 扉を開いて、とりあえず挨拶。礼儀は正しい方が印象がいいだろうから。


 声に気づいたからか、いや、扉の音に気づいたからだと思う。ガラガラな店内の奥から、店員が駆け足でやってきた。


「いらっしゃいませ。ご予約でしょうか?」


「はい、十九時で、中川です」


「中川様……はい、お待ちしておりました。あちらになります」


 促されたのは、窓が近くにある、一番奥の席。カセットコンロに焼肉のプレートがセットされている。


 席に座って外の様子を見ると、ぽつりぽつりと歩く人の姿。そんな時、通知の振動。彼女からだ。


『多分、もうすぐ着くよ!』


 うーん、楽しみだ。向こうも楽しみにしてくれてるようだ。彼女と会うのもひと月ぶりだし、美味しい肉を用意した。喜んでもらえるといいけど。


 ソシャゲで時間を潰していると、いつの間にか約束の時間。まだ、姿は見えない。何かあったのかな。


 一旦外に出て様子を見ようとしたところ、再び通知。


『おや? どこのなかいかな!?』


 その時、思い出した。そういえば、近くに『肉のなかい』という別のお店があるんだった。


『ごめん! こっちのなかい!』


 慌てて、マップ情報と一緒にメッセージを送りつけた。やってしまった。怒ってなきゃいいけど。


 そんな彼女の姿が見えたのは、僕がメッセージを送った数分後だった。あの場所からは十分ちょっとの距離だけど、どうやらこっちが目的地だと気づいたらしい。


「中川さ〜ん! 久しぶり〜!」


「ごめんごめん! ちゃんと場所言ってなかったね」


「あはは! 焼肉っていってたから、あっちだと思っちゃったよ〜」


「そりゃそうだ……いや、また行きたいなって思ったからさ」


「わかる! 美味しかったもんね、ここ」


「それじゃ、いこ? お腹すいちゃったよ」


「わたしも〜! あぁ……はやくビール飲みたい……」


 改めて二人で店内へ。今日は金曜日。明日のことなんか気にしなくていい。食べて、飲んで、その後は……まだ考えていない。


 だって、彼女は付き合っているわけじゃない。ラウンジで働くキャストの女性。


 僕は、そんな彼女に金を落とすだけの存在。でも、それでもいい。何もない人生よりは、少しだけ華やかになるんだから。


 それに、こんな面白みのない人間とくっついたところで、きっと幸せには出来ない。だから、これで……いい。


―――(了)―――

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