最終話-3


 未明、突然雷に打たれたような衝撃に跳ね起きた熾人は、一瞬にして、全てを理解した。右手の甲に刻まれた金色の祝印。己の体から、溶鉱炉のように溢れ出そうとするエネルギーの茫漠さに、あぁ、自分は“特別”だったのだと。


 子ども心に、素直に喜びがこみ上げた。ずっと、神童と呼ばれる彼の背中を追いかけてきたから。その才能のあまりの開きに何度も絶望してきたから。これでやっと、彼の隣に並び立つ資格を得たような気がした。


 同時に、これまで頭の片隅にも過ぎらなかった想像が、ふと脳裏に芽を出した。


 自分が、彼を超えてしまう――そんな、有り得るわけのない未来。


 彼を守れるくらい強くなるのが、ずっと熾人の夢だった。そのはずなのに、いざその未来を想像して、彼がその瞬間、どんな顔をするかと思うと、不意に恐ろしくなった。


 熾人は生まれて初めて学校を休んだ。その日は奇しくも、彼の誕生日。今日、彼もギフトを授かる。会うのはお互いが能力者となってから――そうすれば、二人の関係は今までと何も変わらない。熾人はまた、彼の背中を追いかけてさえいればいい。


 夕刻、部屋の窓から、彼が学校から帰宅するのを見た。どうやらまだ授かっていないらしい。自室で耳を傍立て、その瞬間を今か今かと待った。念願のギフトを授かれば、彼は大興奮で、向かいの家から熾人を呼ぶに違いなかった。


 深夜零時。眠る街の静寂が、彼の心が砕ける音を、はっきりと熾人の部屋へ届けた。


 彼がどれだけギフトを楽しみにしていたか。どれだけ焦り、どれだけ不安なのをひた隠しにしていたか。全部知っていたから。今彼が、どんな思いであの部屋にいるのか考えるだけで気が狂った。ひどい寒気と吐き気に襲われる。涙と一緒に、炎が溢れた――




 窓が割れた。


 想像を絶する失意の中で、それでも熾人のヒーローは、熾人を助けに来てくれた。


 そんな彼が最も切望する、彼には永豪手に入らないものを、熾人は見せつけてしまった。


 


 それでも、タッちゃんなら、なれるよ。最強の塔伐者に――


 口をついて出た本心が、彼のひび割れた心を、完全に破壊したのが分かった。


いつでも最強だった彼の、まるで熾人に殺されたような形相を見て、震えた。


激烈な後悔と、総毛だつほどの幸福感に。


 あぁ――僕は、君にとって、最初から、そんなにも“特別”だったんだ。


 ただ家が近かっただけ、互いの両親が仲良かっただけ、幼馴染という天文学的な幸運によって、偶然繋がれただけ。そうではなかったのだ。これ以上の幸せと絶望はない。


もう、一緒にはいられないのだから。


 竜秋にとって、熾人は呪いとなった。きっと彼は、じきに立ち上がって歩き出す。そうして他の全てを投げ打ってでも、もう一度熾人を超えようとするだろう。


 それならば、僕は呪いに徹しよう。彼の超えるべき最大の壁であり続けよう。


 そうして、次に会うときは――彼を、殺すつもりで、戦おう。もし、ほんの少しでも手を抜いてしまったら、今度こそ二度と、彼の隣に立てる日は来ないだろうから。


 乾熾人は不死である。自分自身ですら、自分の殺し方が見当もつかない。


 それでも、巽竜秋ならば、きっと殺して見せるだろう。熾人は心から信じている。

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