最終話-2


 最下層の生徒に与えられる四畳半の和室に寝ころんで、常盤爽司は通話していた。


『おめぇ、ろくに進捗レポートも送ってこねぇで……たまに送ってきたと思えばカラオケやらプールやらで楽しんでる画像ばっかじゃねえか! 遊びに行ってんじゃねえんだぞ! 自分の任務忘れてんじゃねえだろうなァッ! つうかそこホントに学校か!?』


 青春を知らないおっさんの僻み半分。僅か八歳で組織の一員となった爽司を、昼夜問わず鍛え上げた師匠の不器用な温もり半分。通話アプリのホロウィンドウから唾が飛んできそうな大声にふと修業時代を懐かしく思い返しながら、爽司も憎まれ口で返した。


「忘れてねーよ、じいちゃんみたいにボケてねーし。だから……さ。それ以外のことは、好きにやらせてくれ。今、すげー楽しいんだ、オレ」


『……あんまり情に絆されるなよ。いざというとき、致命的に判断を鈍らせることになる』


 痛いところを突かれて沈黙する。実際、竜秋を助けるために何度もチカラを使いかけた。正体がバレては爽司一人の処分では済まなくなるというのに。


執行官エクスキューター》――政府が抱える、国内最強の能力者集団。


執行官の職務は、ギフトを犯罪行為に使用する反社会的勢力反逆者《レネゲイド》の掃討や、抑止力としての外交、要人の暗殺など多岐に渡る。誰よりも血を浴びて、誰からも感謝されることのない、国を裏から支える日陰者。


『分かったら、任務内容を今一度言ってみろ』


 師匠の、厳しくも本物の両親よりよっぽど親らしい温度のある声に、爽司は応えた。


「はいはい――言われなくても、桜慧はきっちりオレが殺すよ」


 桜慧――世界に四名しかいない“第零級クラス・ゼロ”。


 その定義は、「独力で地球を滅ぼし得る」能力者であること。


 桜は条件を整えれば、地球の自転を停止することができる。それはつまり、地表の生物・建造物・自然の全壊滅を意味する。彼の気まぐれ一つで、地球は死ぬ。


 第零級は、その危険性から、全員が世界政府によって最優先抹殺対象に認定されていた。日本政府の飼い犬である爽司には、当然の如くその任が降りかかったのだった。何より、最年少の爽司は年齢が適任であった。力を隠し、生徒として潜入することができる。


 本来“第弐級セカンド”であるギフトの名とランクを偽装し、入学試験では絶妙に手を抜いて、ギリギリで合格するように調節した。爽司には常人の二千倍の理力量があり、こればかりは偽装できないから、弱者のフリはやりすぎなぐらいが丁度良かったのだ。まさか最下位になるとは思わなかったが……おかげで桜の担当クラスに潜り込めた。


 だが、よもやそのクラスに、ウソを見抜く能力者がいようとは。


 入学早々、爽司は急遽、八百坂恋に助力を請う方向に舵を切った。


 ごめん! オレ、本当は強いんだけど、ワケあって弱いフリしてるの! これバラされるとめっちゃ困るの! 最悪地球が滅亡するの! だから、黙っててくれない……?


 ――……はぁ?


 嘘を見抜けるからこそ、恋は爽司の言葉に嘘がないことに驚きつつも、最終的にあまり首を突っ込む方が面倒だと悟ったのか、何も聞かずに秘密を守ってくれることになった。


「あのさ、じいちゃん」


 言いかけて、爽司は言葉を飲みこんだ。


葬送師アンダーテイカー》――現状は第参級の査定が下されたが、理論上、五人目の第零級になり得る存在。爽司が桜の暗殺に成功した場合……もし、巽竜秋が《鍵師クラヴィス》を受け継いでしまったら。


 それを未然に防ぐなら、桜より先に、殺すべきは――


 通話を切ると、チャットアプリのウィンドウが閉じて、重なっていたウラヌスの待ち受け画面が現れる。


そこには爽司を含む、四人の少年少女が顔を突き合わせ、紅い宇宙を背に笑っていた。

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