優しかった人
白川津 中々
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男の優しさは守られている事が前提としてあった。
彼は義務教育を終えてから高校、大学と卒業し、そのまま中小企業へ就職。一般的な悩みや苦しみを経験しつつ安定した収入を得ていて、誰に対しても柔和な態度で接する事から人望も厚かった。順風満帆な生活ができていたが、企業が外資系に買収され給与体系が変わると一変。インセンティブ重視、半ば報酬制のような形になると男の収入は激減する。これまで数値はそこそこに社内での立ち回り重視で人に嫌われないよう動いていた彼は売上面で後塵を拝し、評価を落とす事となった。低迷する成績によりポストも外され、使えない一社員の烙印を押された彼は、それでも人に優しく、誰かのためにという気持ちで落ちた地位に甘んじていた。だが、月日とともに困窮の毒が回ると自身の生き方や考え方を否定したくなっていった。日々の支払いに顔を青く染めて、些細な事でも過敏に反応するようにる。極め付けは彼が売上を会社に入れた月である。給料日。それまで以上に振り込まれた金額を見て、彼は完全に傾いた。自身の価値観、思想、人生を否定し、金を稼ぐために考え動くようになる。他者を蹴落とし、前に出て、率先して金にしがみつき、同僚や元部下に対しても厳しく当たる姿勢に当時の面影はなく、「金で変わった」と陰口を叩かれるようになったが、男は意に介さなかった。彼らは皆、男が苦しんでいる時に手を差し伸べなかったからである。
会社に守られなくなった彼に優しさはなかった。
後ろ盾のない人間は、誰よりも苛烈にならなければ生きていけない。良いも悪いもなく、ただ、それだけである。
優しかった人 白川津 中々 @taka1212384
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