ホームランガール
丸子稔
第1話 裏切りの代償
女子大生の沼田絵里は、現在プロ野球の人気球団『ベアーズ』で、子供の頃からの夢だったホームランガールをしている。
絵里は願いが叶って喜ぶ一方で、ホームランを打った選手のほとんどが、『ベアちゃん』という名のぬいぐるみを観客席に投げ込むのを快く思っていなかった。
それがファンサービスだということは、頭では分かっていても、いまひとつ納得できないでいた。
そんなある日、絵里は今年入団した渡辺健人という選手が、もらったぬいぐるみをちゃんと自宅に持ち帰ったことに好感を持ち、積極的にアプローチするようになった。
その後、二人は付き合うことになり、初デートのとき、健人はぬいぐるみへの思いを、絵里に語った。
「男なのに変だと思うかもしれないけど、俺、小さい頃からぬいぐるみが大好きでさ。その中でも、特にクマのぬいぐるみが好きだったんた。だから、ホームランを打つと、クマのぬいぐるみがもらえるベアーズにどうしても入りたかったんだ」
「ふーん。じゃあ、願いが叶ったってわけね」
「ああ。他の選手たちはみんなお客さんにあげたりしてるけど、俺は絶対そんなことしたりしないから」
絵里はぬいぐるみ好きな優しい健人のことを益々好きになった。
しかし、付き合ってから約一年が経過すると、健人は他の女性たちとも遊ぶようになった。
その度に絵里は心を痛め、健人に何度もやめるよう訴えたが、彼は聞く耳を持たず、一向にやめる気配を見せなかった。
そんな健人にほとほと嫌気が差した絵里は、ついに彼と別れる決意をし、その旨をラインで送った。
『もう健人とはやっていけない。お願いだから、私と別れて』
その文章に既読がついた瞬間、すぐに健人から電話が掛かってきた。
周りの喧騒から、彼はどこかに出掛けているみたいだ。
「おい、これって、どういうことだよ」
「どうもこうも、そのままの意味だけど」
「こんな大事なことを、ラインなんかで済ませようとしてんじゃねえよ!」
「私は、あんたみたいな浮気者の顔なんて、もう見たくないのよ」
「なんだと? 確かに俺はお前以外の女性とも遊んだりしてるけど、それはあくまで友達としてだ。俺は浮気なんて一度もしたことはない」
「ふん。よく平気でそんな嘘つけるわね。あんた三日前の夜に、ベアーズのマスコットガールをしている女を部屋に連れ込んだでしょ?」
「えっ……なんでお前が、そんなこと知ってるんだ?」
「さあね。そんなに気になるのなら、あんたの大好きなベアちゃんにでも訊いてみれば?」
「なに? お前、まさかぬいぐるみに何か細工を……」
健人は居ても立っても居られず、すぐさまタクシーで自宅に帰った。
健人は部屋に入るなり、ぬいぐるみを手に持つと、「……ごめんよ、ベアちゃん」と情けない声を出しながら、20余りあるぬいぐるみをナイフで次々と切り裂いていった。
(ふふ。馬鹿な男。そんな所に、カメラや盗聴器なんて仕掛けてるわけないのに。だって、あんたの浮気を観てたのは、私自身だったんだから)
健人が半べそをかきながらぬいぐるみを破壊していく姿を、絵里はクローゼットの中でほくそ笑みながら観ていた。
了
ホームランガール 丸子稔 @kyuukomu
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます