第3話 いざ異世界へ!

 秀一は目の前にあるものを見て、ぼそっと呟いた。



「某アニメのあのドアにしか見えない……」


「右に同じだわ」



 今日は『異世界ファリアスリーン』に向かう日である。指定された時間に喫茶店に向かい、イケメン『ぐーちゃん』の案内でビルの屋上に行けば、そこにはぽつんとドアだけがあった。完全に某国民的アニメのあのドアである。


 既に事前準備の諸々は終わらせており、秀一は杏里と文字通り身一つでやって来た。『異世界ファリアスリーン』へ移住することは、秀一の家族には割とすんなり受け入れられたが、杏里の家族の方でかなり揉めた。主に性格キツめな杏里の姉が一人できーきー盛り上がっていた。最終的に、杏里が両親の介護費用五百万円を叩きつけるようにして渡し、杏里の家族とは別れた。


 仕事はなんとか辞められたし、家財などの処分もちゃんとしてきた。昨日はホテルに泊まって、早朝と呼べる時間帯に雑居ビルを訪れた。


 『ぐーちゃん』がニコニコ笑って、ドアの方へと二人を誘導した。



「この『扉』を開けて中に入れば、そこはもうファリアスリーンです。私の兄が待機しております。着いたらすぐに兄がお二人に魔法をかけますので、言葉の心配はいらないです。どうぞ、我が国の守護神様をよろしくお願いいたします。あっ! そんなに重く考えなくても大丈夫です! えっと、えっと、我が子のように可愛がって育てていただけるのが一番よろしいかと!」


「はい。色々ありがとうございます。ぐーちゃん。では、いってきますね。行こうか。杏里ちゃん」


「えぇ。秀一さん。ふふっ。ワクワクしてきたわ」


「あはっ。僕もだよ」



 秀一は杏里の手を握り、ワクワクした様子で『扉』を見ている杏里の横顔を見た。本人はちょっと気にしている垂れ眉、優しげな丸っこい目、ちょっと丸めな小さい鼻、ぷっくりした唇は個人的に一番好きな顔のパーツだ。特別美人じゃないが、不細工ではない。笑うと笑窪ができて、とても可愛らしい印象を受ける。

 若かりし秀一が一目惚れした杏里の可愛らしい笑顔は、今でも変わらない。


 杏里が秀一を見て、ふふーっと悪戯っぽく笑った。



「緊張してる?」


「ちょっとね。あ、手汗気持ち悪い?」


「平気よ。それじゃ! 行きますか!」


「うん! 僕達の子どもが待ってるよ」


「えぇ!」



 秀一は弾けるような笑顔の杏里につられて笑い、『扉』のドアノブを掴み、思い切って『扉』を開けて、杏里と同時に『扉』の向こうへと足を踏み入れた。


 なんとなく目を閉じて、恐る恐る目を開ければ、『ぐーちゃん』とそっくりな二十代くらいの若い男が目の前に立っていた。中東の民族衣装に似た白い服を着ている。

 周囲を見回せば、なんだかテレビで観たことがあるギリシャとかの神殿みたいな感じである。


 若い男がぶつぶつ呟いたかと思えば、にこっと笑い、秀一達に話しかけてきた。



「ファリアスリーンへようこそ。私はヴォールドゥオルド・ゴーギャブナグルと申します。地球の方には発音しにくいでしょうから、親しみを込めて『ぼーちゃん』とお呼びください」


「あ、これはどうも。井上秀一です」


「妻の杏里です」


「シュウイチ様、アンリ様。ファリアスリーンへの移住をありがとうございます。我々はお二人をとても歓迎いたします。ここで長話もなんですので、場所を変えましょう。ここは少しひんやりしていますが、外は暑いので、冷たいものでも飲みながら話しましょう」


「あ、はい。どうも」



 秀一はなんとなく杏里と手を繋いだまま、ニコニコしているイケメン『ぼーちゃん』の案内で『扉』があった部屋から出て、神殿っぽい建物の廊下を歩き、大きな木窓が全開で庭が見える明るい部屋に入った。


 日本のように湿度は高くないが、気温が高いのか、じわっと汗が滲み出る。

 イケメン『ぼーちゃん』に椅子を勧められたので、秀一は杏里と並んで小洒落た椅子に座った。

 すぐに中年の女性がお盆を持って部屋に入ってきて、秀一達の前に透明な飲み物が入ったグラスを置き、他にも果物らしきものが入った籠をテーブルの上に置いていった。

 飲み物を置いてくれた時にぺこりと頭を軽く下げると、中年の女性が小さく笑ってくれた。褐色肌で顔立ちが濃いめだが、かなりの美人だった。


 この世界には美形しかいないのかなー? と思いつつ、緊張と暑さで喉が渇いていたのでありがたく冷たい飲み物をもらう。一口飲んでみれば、透明なのにラッシーみたいな味がした。爽やかな酸味のある甘さがじわぁっと渇いた喉を優しく潤してくれる。


 隣の杏里も一口飲んで、ほぅと息を吐き、ふわっと笑った。



「美味しいわ」


「うん。美味しいね」


「お口に合ってよかったです。これはバルダナガーンという果物の果汁を冷やしたもので、この国でよく飲まれているものなのです」


「すごく好きな味です」


「私も。優しい味ですね」


「ありがとうございます。気に入っていただけて嬉しいです! 今後のお話をさせていただきますね。この後、お二人の住まいへと移動いたします。我が国の守護神である水竜の卵は、お二人の住まいに既に運んであります。この村は『竜の谷』と呼ばれる村で、水竜を安全に育てるために存在している村です。お二人の住まいの敷地には守護魔法をかけてありますし、村全体で水竜と水竜を育ててくださるお二人をお守りいたしますから、治安についてはご安心ください」


「なんかすごいですねー」


「ほんとに大役しちゃう感じね」


「そう重く考えずとも大丈夫です! お二人の魔力は水竜ととても相性がよろしいですし、子どもを育てると思っていただければと。私をはじめ、村全体でご助力いたしますので! あ、お二人のお住いなのですが、こちらでの生活に慣れるまでは、通いの家政婦を雇っております。地球とは生活に使うものが異なりますし、気候も異なります。この国は、雨季以外は殆ど雨が降らない乾いた国なのです。国土の約半分近くが砂漠でして、所々にあるオアシスを中心に街がございます。『竜の谷』は、王都に程近い位置にあるのですが、特別な許可が下りた者しか入ることができないようになっております」


「それは水竜を守るためですか?」


「はい。水竜が卵から孵化し、育つまでに十五年程かかります。『竜の谷』は、建国以来ずっと水竜の卵や幼い水竜を守るために存在しているのです」


「なるほどー」


「あのー、水竜を育てるって、具体的にはどのような感じなのでしょうか?」


「難しいことはごさいません。お二人とも水の魔力を有しております。それと、シュウイチ様は土の魔力、アンリ様は風の魔力をお持ちです。卵を孵化させるためには、毎日六回、鐘が鳴る時間に卵に魔力を含んだ水をかけていただきます。それ以外は、できるだけ卵に話しかけたり、卵を抱っこするなどのスキンシップをとっていただければと。魔力を含んだ水の出し方は、明日お教えさせていただきます。今日はお住いの案内などだけでお疲れになるでしょうから。魔力の使い方や魔法については、私がご指導させていただきます。ご希望でしたら、この国のことや読み書きなどは、別の者が担当してご指導させていただくこともできます」


「あ、それは是非ともお願いしたいです。折角ファリアスリーンに来たんですし、この国のことや他にも色んなことを知りたいです」


「私もです。ちなみに、この国の名前はなんというのでしょうか」


「興味を持っていただけて嬉しいです! 我が国は『デュラルカンナル王国』という名前です。お勉強の担当の者は決まっておりますから、明日にでもご紹介させていただきますね」


「ありがとうございます。えーと、ぼーちゃん。これからよろしくお願いいたします」


「よろしくお願いいたします。夫と一緒に頑張ります!」


「はい! こちらこそ、よろしくお願いいたします! 一緒に楽しく頑張っていきましょうね」



 イケメン『ぼーちゃん』が嬉しそうに笑った。

 秀一は新しい世界での新しい暮らしの始まりにワクワクしながら、なんとなく杏里の手を握った。

 杏里がこちらを向いて、ふにゃっと笑った。大変可愛らしい。杏里はいくつになってもすっごく可愛いのである。惚気だ。


 話が一段落したので、秀一は杏里と手を繋いだまま椅子から立ち上がり、イケメン『ぼーちゃん』の案内で、住処となる家を目指して歩き始めた。


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