虹翼天使 セラフィム・タウス
黒ザクラ
偽りの獣
第1話 「虹色の運命」
近未来都市ヴェルデタウン。高層ビルが空に向かって伸び、空中を走るリニアカーが光の軌跡を描く美しい街。この街で私、天音翠は平凡だけれど充実した学園生活を送っていた。
ヴェルデタウン学園の2年生として、毎日友達と笑い合い、時には恋愛話に花を咲かせ、定期テストに頭を悩ませる。そんな何気ない日常が、私にとってはかけがえのない宝物だった。
でも今思えば、あの日から全てが変わったのだ。
「翠ちゃん、また図書館にいたの?」
親友の美咲ちゃんが呆れたような顔で私を見つめている。気がつけば、図書館の時計は午後7時を指していた。
「あ、ごめん。古典文学の課題に夢中になっちゃって」
慌てて本を片付けた瞬間、一冊の本が頭に落ちてきた。
「あ、痛い!?」
「大丈夫、翠!?」
美咲ちゃんが駆け寄る。
私は痛みをこらえ、苦笑いを浮かべた。
「あはは、大丈夫だよ美咲ちゃん」
昔から私はたまにドジをしてしまうことがある。
「もう帰りなよ。一人で夜道を歩くのは危険だから、駅まで一緒に行こうか?」
「大丈夫よ。ヴェルデタウンは治安がいいし、それに今日は月が綺麗だから」
窓の外を見ると、満月に近い月が街を優しく照らしている。この街の夜景は本当に美しい。空中に浮かぶ歩道橋がネオンの光で彩られ、まるで宝石箱のように輝いている。
美咲と別れた後、私は一人で夜の街を歩き始めた。春の夜風が頬を撫ぜ、桜の花びらがひらひらと舞い散る。こんな穏やかな夜に、まさかあんなことが起こるなんて想像もしていなかった。
住宅街に入ると、人通りはぐっと少なくなった。街灯の光が等間隔に道を照らし、私の影が長く伸びている。いつもなら音楽を聞きながら歩くのだけれど、今夜はなぜか周りの音に注意を向けていた。
そのとき、公園から悲鳴が聞こえた。
「きゃあああ!」
私の足は反射的に声の方向に向かっていた。公園を覗くと、そこには信じられない光景が広がっていた。
私と同じくらいの年頃の少女が、黒く毛深い類人猿のような怪物に襲われている。その怪物は人間ほどの大きさで、赤く光る目をぎらつかせ、鋭い爪を振り上げていた。少女は公園の芝生に座り込み、涙を流している。
「や、やめて…お願い…」
少女の声は恐怖で震えていた。
私の心臓が激しく鼓動した。こんな怪物、映画や小説の中だけの存在だと思っていた。でも目の前の現実は否定できない。あの子を助けなければ。
「やめて! その子から離れて!」
私は思わず大声を上げていた。怪物がゆっくりと振り返る。その瞬間、私は恐怖で足が震えた。あの赤い目は、まるで地獄の炎のように不気味に光っている。
「グルルル…」
怪物は低い唸り声を上げながら私の方に向かってきた。逃げなければいけない。でも、あの少女を見捨てることはできない。
私が立ちすくんでいると、突然空から何かがひらりと舞い降りてきた。それは美しい虹色に輝く羽根だった。七色の光を放つその羽根は、まるで生きているかのように私の前でゆっくりと宙に浮いている。
「これは…?」
思わず手を伸ばして羽根に触れた瞬間、世界が虹色の光に包まれた。
「……っ! なに、これ……!」
腕から羽が生えていくような、背中が風に抱かれるような不思議な感覚。私は空へ舞い上がるような感覚の中、ひとつの言葉を無意識に口にしていた。
「――虹臨(こうりん)!!」
体中に温かいエネルギーが流れ込んできて、今まで感じたことのない力が湧き上がってくる。光の奔流が、私を包んだ。髪がなびく。私の普通の制服が光の粒子となって消え、代わりに青のインナースーツと緑の羽を模した外装が、虹の中から編み上げられていく。緑にきらめく瞳に、世界が鮮やかに映る。
私は、虹翼天使 セラフィム・タウスへと――変身していた。
「これは一体…私に何が起こったの?」
混乱する私の心に、不思議と落ち着きが訪れた。まるで昔から知っていたかのように、この力の使い方が分かる気がした。
「グオオオ!」
怪物が私に飛びかかってきた。でも今度は恐怖を感じない。私は右手を前に向けて集中した。反応するように、光の羽が舞い上がり、二つの武器を形成する。
右手に剣――サイファー。
左手に盾――ディルア。
怪物が、突進してくる。
毛深い腕を振り上げて、私を押し潰そうとしますが孔雀の羽を模した盾・ディルアを構え、衝撃を受け止めた。重量がずしりと伝わってくるけど、不思議と、怖くはなかった。私は怪物の腕をはらいのけ、孔雀の羽を模した剣・サイファーで切りつけました。
「すごい!!」
重そうにみえる盾と剣がまるで鳥の羽と同じ重さを感じず軽かった。怪物が私の攻撃でひるみました。
私の胸の奥が叫んでいた。言葉にできない“確信”のようなものがある。
「あなたは、この世界の存在じゃない……!」
だから私はサイファーを空に掲げた。
私の口から自然に技の名前が飛び出した。
「フェザー・スラッシャー!!」
サイファーが眩い光をまとい、光の斬撃が夜空を裂くように奔る。
刃は一直線に怪物を捉え、その身を鮮やかに両断した。怪物は苦悶の叫び声を上げた。
「ギャアアア!」
両断した怪物は黒い影が炸裂するように霧散した。まるで最初からそこにいなかったかのように。
変身が解けると、私は再び普通の制服姿に戻っていた。虹色の羽根も消えて、夜の静寂が戻ってきた。
「あ、ありがとうございました…」
助けた少女が震え声で私にお礼を言った。彼女は怪我をしていないようだったが、まだ恐怖で顔が青ざめている。
「大丈夫?怪我はない?」
「は、はい…でも、あなたは一体…」
私も答えに困った。自分に何が起こったのか、まだ理解できていない。
「とにかく、無事でよかった。」
私は彼女の安否を再度確信し、先ほどまで怪物がいた場所を見つめた。本当にあれは現実だったのだろうか。
でも手のひらには、まだあの羽根の温もりが残っている。そして体の奥底に、新しい力が眠っているのを感じることができた。
「虹翼天使…セラフィム・タウス…」
なぜかその名前が頭に浮かんだ。それが変身した私の名前だということも、不思議と理解できた。
空を見上げると、満月が私を見下ろしている。今夜から私の運命は大きく変わった。平凡な学園生活を送っていた天音翠は、虹翼天使セラフィム・タウスとして新たな使命を背負うことになったのだ。
でも今はまだ、その意味を理解することはできない。ただ一つ確かなことは、あの怪物がまた現れたとき、私は戦わなければならないということだった。
少女と並んで家路を歩く途中、私はふと足を止めて振り返った。あの公園は、今では何事もなかったかのように静まり返っていた。
ブランコが風に揺れ、街灯が芝生に優しく影を落とす。でも私の心の中には、虹色の光がまだ輝いている。
これが私の新しい運命の始まりだった。虹翼天使セラフィム・タウスとしての、私の戦いの日々の幕開けだった。
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