第2話 「使命の羽」
戦いのあと。
それが夢だったのか現実だったのか、私にはよくわからなかった。私の日常は静かに、でも確実に音を立てて崩れていた。
今こうして目の前にいるこの子がその“答え”だった。
「──ありがとう、助けてくれて」
ソファの端にちょこんと座りながら、彼女──蜂久 早市(はちく さいち)ちゃんは、にこりと笑ってそう言った。
私は彼女を、思わず家へと連れて帰っていた。だって、放っておけなかったから。
「偽獣(ぎじゅう)、って言うんだよ。あのバケモノ」
テーブルに置かれた紅茶をすすりながら、早市ちゃんはまるで百科事典みたいに説明を始めた。
曰く――
偽獣とは、異世界から流入してきた正体不明の存在で、世界のバランスを乱す異界の生物。
偽獣ははじめ半透明な姿ではあるけど、汚染が進むにつれて姿がはっきりし、放っておくとこの世界の「生態系」に組み込まれてしまう。
侵食の進行度は“干渉汚染”と呼ばれ、進むほどに強化され、手が付けられなくなる。その姿は動物・昆虫・幽霊・人型などさまざまで、伝説のUMAや妖怪の正体とも言われている。
「干渉汚染ってのはね、まあ、異世界のバグみたいなもので……」
「……まるで災害みたい」
「そうよ。あれは災害。異常で、有害で、でも放っておくと生態系に“定着”する。だから倒すしかないの。あなたはそいつらに対抗できる力を持っている」
彼女の言葉には、どこか現実味がありすぎて怖かった。
なのに――。
「でも、私は普通の高校生よ。そんな大それたことなんて...」
「あなたのその力は何なのかはわからないけど、きっと意味があるのだと思うの」
「意味が…。」
私は深く考えた。確かに思わずあの羽を手にしてしまった。何にも疑うことなく、早市ちゃんの言う通りなら何かしらの意味があるのだと思った。
その時、早市の表情が急に困ったように曇った。
「実は、私にも問題があるんです」
「問題?」
「私、住む場所がないんです」
私は驚いた。けど異世界から来たのだからここで済む場所なんてないはずだし、少し考えた。
いま私は一人だった。両親は海外赴任中で、家にはほとんど帰ってこない。朝ごはんも、夕食も、休日も、全部ひとりで。
だから、私は言った。
「だったら、ずっとここにいてもいいよ」
一瞬、沈黙。
「えっ……」
「一人より、二人のほうが安心だし。私、早市ちゃんのこと……放っておけないから」
一瞬の静寂のあと、爆発したように早市ちゃんが叫んだ。
「えええええええええ!? ちょ、ちょ、同棲!? いいの!? あ、あたし部屋片付けるよ! いや違う、部屋ないじゃん!? この家って広い? 洗濯は!? お風呂は!? ま、まさか一緒に――」
「あ、あははは……」
顔を真っ赤にして暴走する彼女に、私は思わず笑ってしまった。
翌日。学園の放課後。
空が茜に染まりかける頃――教室の後ろで誰かが囁いた。
「公園に……変なのが出たらしいよ。バケモノって……」
その言葉に、心がざわついた。
このまま聞き流せば、私は普通の女子高生。
だけど――。
「行くしかない」
私は意を決してその情報をもとに行くことにした。
私は現場である公園に来た。昨夜、早市ちゃんと出会い、初めて戦った場所だ。そして、再びそこに偽獣が現れた。
「翠――――!!」
振り返ると、早市が駆け寄ってきた。
「顔、真っ青じゃない!」
「公園に偽獣が出たって噂が……」
早市ちゃんの表情が急に真剣になった。
「行きましょう。放っておくわけにはいかないわ」
二人は急いで公園に向かった。夕暮れの街並みを駆け抜けながら、私の心は複雑だった。恐怖と使命感が入り交じっている。
「あそこよ」
早市ちゃんが指差す方向を見ると、公園の奥で奇妙な光景が繰り広げられていた。ツチノコのような、太くて短い生き物が次々と増殖している。
「偽獣の中でも厄介なタイプね。『増殖種』よ」
「増殖種?」
「放っておくと無限に増え続けて干渉汚染を早めるの。早く対処しないと。でも今回の相手は雑魚中の雑魚、グラチル。油断しなければ簡単に討伐できる。」
「分かった。やってみる」
とは言ったものの、私は普通の女子高生、喧嘩は嫌だし、怖いし戦えるわけがない――
けれど。けれど。
逃げたら、誰が止めるの?
放っておいたら、この街の罪のない人たちが襲われる。あの生き物たちが街に広がっていく様子を想像すると、黙って見ているわけにはいかなかった。
私は昨夜と同じように集中した。すると、再び虹色の羽根が現れる
「……虹臨!」
叫ぶと同時に、私は光に包まれた。光は私を戦う天使へと変わっていった。
「虹翼天使 セラフィム・タウス。闇がどれほど深くとも、この羽が道を照らす――希望のために、私は戦う」
私は剣の羽「サイファー」を構え、一匹目を斬る。風のような一閃で、グラチルは消えた。増殖を止めるには、根こそぎ倒すしかない。
「ピギャーー!!」
グラチルたちが一斉に襲い掛かってきた。盾の羽「ディルア」で防いだ。何匹か体当たりしてきたけど、それほど痛くもなく、噛みつきも痛くなかった。本当に弱かったみたい。私は素早くサイファーの斬撃とディルアを使って体当たりをして数を減らした。
「これで、最後!!」
最後の一匹を切り倒して終わらせた。私が安堵をした時だった。
「翠っ! 後ろ――!」
振り向くと、暗がりの中、銀色のシルエットがこちらに向かって歩いてきた。
ゆっくり、確実に。そしてその目が……赤く光った。無音で迫るその足音には、生き物の気配がなかった。冷たく、計算された殺意だけが、空気を支配していた。偽獣ではない。まるで軍用のロボット。人の形をしているが、瞳が光り、無表情のまま私に向かって構えた。
「誰……なの……?」
答えはない。代わりに、無慈悲な拳が襲いかかる。
咄嗟にディルアで防ぎ、斬り返すが、硬い。偽獣とは違う。
ただの機械ではない。どこか、意志のようなものを感じる。けれど――
「退けない。私は、守るって決めたから!」
私は、恐怖の中で剣を振るった。
サイファーの刃が風を切るたび、空気が震える。
ディルアの盾に弾かれた爪が、火花と共に飛び散った。隙を見せたときに胴体にサイファーを一閃と一突きをした。
火花を散らしながら倒れた機械の体は一瞬、青白く光り……そして、爆発した。
膝が崩れ、その場に座り込む。胸に残るのは、火薬の匂いと震える呼吸だけだった。
早市ちゃんが駆け寄って、心配そうに見つめてくる。
「翠……今の、なに?」
「……わからない。でも、確かに――偽獣じゃない」
増えたのは、怪物だけじゃない。
謎も、使命も、そして――私の責任も。
私は夜空を見上げた。
星が、こんなにも遠くて、こんなにも綺麗だったのは、いつぶりだろう。
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